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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

延年之舞の小書をめぐって

というわけで、すっかり盛り上がって鑑賞記を六日も続けてしまいました。
繰り返しになりますが、今回は延年之舞という小書がついています。しかも昨日の鑑賞記でもちょっと触れたように、宝生流の延年は独特です。

このあたりに関して、法政大学能楽研究所の紀要「能楽研究」第二十一号に山中玲子さんの書かれた『<安宅>の小書「延年之舞」の成立経緯』という論文があり、大変参考にります。
この論文をふまえて少しばかり書いてみたいと思います。なお「能楽研究」のバックナンバーの一部は一般に公開されていて、国立情報学研究所のサイトから参照することが可能です。

そもそも「延年」というのは何なのか、これがスタートになりますね。安宅の詞章には「もとより弁慶は三塔の遊僧 舞延年の時のわか」とありますが、延年というのは一般的には「寺院で、法会のあと僧侶・稚児たちが行った遊宴の歌舞。平安中期に起こり、鎌倉・室町時代に盛行。曲目は多彩で、現在は数カ所でその面影を伝えるものが行われている。延年の舞(大辞泉)」という次第で、様々な曲目があり、能との関係も濃密だったようです。

平安時代中頃にはあったようですが、ともかく大変流行ったらしく、この延年などを専門にし、遊芸に長けた僧を遊僧、あるいは狂僧などと呼ぶのだそうです。
安宅の詞章通りなら、弁慶はまさにこの遊僧だったということなので、延年の専門家ということになりますね。
延年の舞には大別すると、延暦寺の型と興福寺の型があって、例の飛ぶところは延暦寺の型という話も聞きますが、いずれにしても特別な芸能だったようです。

平安に続く、鎌倉、室町時代には盛んに行われたようなのですが、その後、徐々に廃れてしまい、江戸時代にはほとんど行われなくなったとか。
まあ、武家の式楽として能が保護され、一方庶民の楽しみは歌舞伎となっていく中では、古い時代の芸能として、衰退していったのでしょうね。
それでも有名な平泉の毛越寺(モウツウジ)をはじめ、日光の輪王寺など、現在でも延年が行われている寺社があります。(それぞれのホームページに記載があります)
このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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