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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

大和四座・・・翁の話(その2)

猿楽は古くは滑稽な物真似を主体とした芸能だったという説があります。この辺りはどうも本を読んでも「これだ」という説にはお目にかかりません。本当のところは良くわからないのかも知れませんね。


そしてその猿楽の発展の中で、歴史的な経緯は今ひとつハッキリしないものの、特に大和四座の重要な使命として「翁猿楽の奉仕」というのがあったらしいのですね。
田楽の中にも「四方固め」といった舞が残っていますが、神様の前で天下泰平を祈るというのは、古い時代の日本人にとってはとても重要なことだったのでしょう。相撲も神事だったわけですが、あの四股を踏むという形にも、これと共通した日本人の意識があったのかもしれません。


村の祭りは生産者である村人たち自らが演じ手ともなって行われますが、そうした歴史の中から、こうした神事の奉仕を専門とする集団が生まれてきたと言われていて、そうした中で大和、春日大社に奉仕する四座が、現在の能楽の源流となってきたということですね。
従って四座の主たる使命は翁猿楽の奉仕にあるわけですが、あわせて物真似など様々な芸を見せていた中に、田楽の影響なども取り入れながら「能」が演じられるようになってきたということのようです。


四座の翁は、代々の長老によって演じられていたようで、一方、あわせて演じられる能を初めとする芸能は、若手や他の座から入った芸人によって演じられていたらしく、観阿弥も言い伝えでは山田猿楽の出身と言われています。
要は翁猿楽を中心とした芸能奉仕集団である結崎座に参加した芸人だったようで、観阿弥はその芸名として「観世」と呼ばれていたらしいのですね。
細かいことは忘れてしまいましたが、室町期の誰かの日記に「親の観世、子の観世」という話があり、親の観世が観阿弥、子の観世が世阿弥であることから、おそらく観阿弥と世阿弥は「観世」という芸名で活躍する座のスターで、芸名を世襲したのではないでしょうか。
・・・この回、もう少しつづきます

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