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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

咸陽宮さらにつづき

シテが重々しく「そもそもこの咸陽宮と申すは」と謡い出します。今井さんの時の鑑賞記にも書いたとおり、この後はワキツレの大臣達と掛け合いで荘厳な咸陽宮、なかでも帝の御殿阿房宮の様子が謡われます。朝倉さんの直面の曲は始めてですが、地謡などで拝見しているよりも、むしろお若い印象を持ちました。
ところで観世流ではこのワキツレが謡っている部分を地謡が謡うことになっていますし、宝生では「雁門なくては過ぎがたし」の後、直ぐに大臣の「帝の御殿は阿房宮」に繋がるところ、「内に三十六宮あり・・・」「長生不老の日月まで・・・」の掛け合いの詞章があります。上掛でも微妙に違うところです。

さてこの掛け合いの謡を地謡が引き取って謡う上歌の終わり「肝を消すとかや」で、笛の音から一声の囃子になります。

この囃子でワキの荊軻とワキツレ秦舞陽が登場し、ワキが一ノ松、ワキツレが三ノ松で向かい合って一セイを謡います。ワキ、ワキツレの掛け合いから道行の謡となり、二人ははるばる咸陽宮にやって来たと正面に向きます。

ワキはあらためて咸陽宮に着いたことを述べ、まず奏聞しようと二ノ松まで下がってアイに案内を乞います。アイが立ち上がり応対すると、ワキは燕の民、荊軻と秦舞陽が燕の地図と樊於期の頭を持ってきた旨を告げます。

アイはこれを受けて常座やや前のあたりまで出て、目付あたりのワキツレ大臣に言上します。ワキとワキツレはこの間、橋掛りに後ろを向いてクツログ形。観世の本では、この後大臣がシテ皇帝に奏上してのやり取りがありますが、宝生流ではこのやり取りを欠いていて、アイが両名に大極殿に進むように指示するところに繋がります。ここで確か、三里上って十八丁で大極殿とか言ったようだったのですが、テキストがありませんので確実なところは分かりかねます。

ともかくこの指示を受けて、ワキの謡になります。
ワキ荊軻の高井松男さん堂々とした謡です。いつもよりもさらに力の入った感じで、荊軻の決意のほどを感じさせるところです。
ところでこの二人はどういう次第でやって来たのか、そのあたりはまた明日に
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