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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

敦盛 東川尚史(五雲会)

宝生流 宝生能楽堂 2009.9.19
 シテ 東川尚史
  ツレ 佐野弘宜 川瀬隆士 金井賢郎
  ワキ 御厨誠吾、アイ 破石晋照
   大鼓 大倉慶之助、小鼓 幸信吾
   笛 成田寛人

敦盛も本ブログ初登場。生田敦盛は18年の五雲会で山内崇生さんシテの鑑賞記を書いていますが、ポピュラーな方の「敦盛」は初登場です。

ご存じのように、敦盛は一ノ谷の合戦で討たれた時に未だ十六、七だったといわれており、その討った相手である源氏の武将、熊谷次郎直実は、敦盛の最期に感じるところがあって出家してしまいました。
この曲では、熊谷次郎直実出家し蓮生法師がワキとして登場し、敦盛の霊を弔いますが、若くして、しかも健気にも逃げる途中から引き返して討たれてしまった敦盛という若武者には、いわゆる判官贔屓のように心を寄せる人が多かったのでしょう。能以外にも様々な芸能に敦盛が取り上げられています。

織田信長が桶狭間に出陣する前に舞ったという敦盛の舞。「人間五十年下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり 一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」と信長公記にあり、ドラマなどでも必ずと言って良いくらいに取り上げられますね。もちろんこれは、能楽に造詣のある方ならご存じの通り、能ではなく幸若舞です。

幸若舞の敦盛はなかなかの長文で、平家物語よりもずっと詳しい記述です。御座船に乗り遅れた敦盛が、騎乗のまま海に入り船に向かうところも、老武者でもあれば馬の三頭・・・背の尻に近いあたりに下がって乗り、馬に任せるようにしていくものを、若武者だけにそうしたことも知らず、前にかかって乗り、鐙を強く踏んで手綱も引いていたため、良い馬ならなんなく船まで泳いでいけるものを、返って妨げてしまったなどという記述もあります。(ついでながら、信長公記では下天としていますが、もともとは化天・・・化楽天のようですね)
また歌舞伎でも一ノ谷嫩軍記など、人気の出し物のようで、敦盛の人気のほどが窺えます。
さて能の方は明日につづきます
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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