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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

黒塚のつづき

なにぶん下掛り宝生流がほとんどの東京のワキ方ですので、黒塚の鑑賞記ではこの一番を含めてワキはすべて下掛り宝生。という訳で、これまでの鑑賞記と、型・展開特に変わるところはありませんが、しかし宝生欣哉さんお上手ですよね。四十歳台前半というのは最早若手ではないのかも知れませんが、一本、凛とした筋が通っているような芸風。登場されただけで舞台が締まる感じがします。

さて、ワキとワキツレの次第から、ワキのサシで那智東光坊の阿闍梨祐慶一行であることが述べられ、道行で安達ヶ原に着いたと、ワキ、ワキツレはワキ座へと着座します。

ここで引廻しが下ろされて萩小屋の中に座したシテが姿を現し、サシ謡。ああ、良いお声をされてますね、克紀さん。「まどろむ夜半ぞ涙なる、あら定めなの生涯やな」とシオリます。

シテの謡が終わるとワキが案内を乞います。シテの返答を受けてワキが宿を借りたいと申し出ますが、シテが断ります。さらにワキツレが繰り返して宿を貸して欲しいと申し出、シテが「人里遠きこの野辺の松風寒き柴の庵に、いかでお宿を参らすべき」と重ねて断ると、ワキの謡、シテの謡と続き、シテは萩小屋の中でワキの方に向きを変え「さすがに思へば痛はしさに」と謡って地謡。
「さらばとどまり給へとて」の最初の句でシテは立ち上がって「枢を開き立ち出ずる」と戸を開いて出て下居します。ワキ、ワキツレも下居して、庵に招じ入れられた形。舞台は庵の中となります。この辺り各流とも同じ展開で、謡の詞章に合わせての所作が続きます。

地謡の最後「旅寝の床ぞ物憂き」でシテは片シオリ。この地謡の間に後見が枠かせ輪を持ち出して目付に出します。これまで鑑賞記を書いた中では、粟谷明生さんのときだけ枠かせ輪が正先に置かれ、あとは目付に置かれました。どちらに置くかで、以前にも書いたように、思いのほか印象に違いが出るのですが、このあたりも能の面白いところかも知れません。
地謡が終わるとワキがこの枠かせ輪のことを尋ねます。
このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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