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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

融のつづき

一声の囃子で前シテの出、無地熨斗目に水衣肩上げ、腰蓑を着けて右肩には桶を担い、後を左手で押さえる形です。一セイ「月も早 出で汐になりて塩釜の うらさび渡る夕べかな」。永謹さんは声量もあり、堂々とした力強い謡です。

一セイを謡い終えると桶を外し、「暫く休まばやと思い候」と言って膝をつき、桶を常座に置いて立ち上がって正面を向きます。
この間にワキが立ち上がり、シテのサシ、下歌、上歌が省略されて、ワキの詞となりました。

ワキとシテの問答になりますが、ここは常の形と特に違いはなさそうです。
六条河原の院に、陸奥の塩釜を移した遺構を眺めつつ、話を進めます。「や、月こそ出でて候え」とシテはワキ柱の上方を見上げて月を見る形。
ワキもこの言葉に振り返って月を見、「げにげに月の出でて候ぞや」と返します。籬が島は中正面奥の方向にある風情で「あの籬が島の森の梢に」と目付柱の先の方を遠く見やります。

シテワキの掛け合いから地謡「実にや古も 月には千賀の塩釜の」になり、シテは舞台を廻って籬が島へと立ち渡る風情を見せます。

シテの語りとなり、融の大臣が塩焼きをさせた栄華も、何時か年月が流れ、浦は干潟となり淋しい気配となってしまった変わりように思いを寄せ、地謡が受けて謡う中、シテがモロシオリとなって昔を思う涙にくれます。

ワキは「只今の物語に落涙仕りて候」と言った後、気を変えて名所を尋ねます。これにシテが答えて名所教え。
まずはワキ柱の方に音羽山、やや正面に戻しつつ中山清閑寺、さらに正面近くに深草山。中正面方に小塩の山と見ていきます。
趣き深い場面が続きますが、このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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