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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

船橋のつづき

二人は下歌、上歌と、後の世のため生死の海を渡る船橋を作ろうと謡い、上歌の後半「二河の流れはありながら」あたりから橋掛りを進んで舞台に入り、ツレは目付に、シテは「誠の橋を渡さばや」の謡いっぱいに正中に出てワキに向かいます。

ワキに対峙する形になったシテは「いかに客僧」と呼び掛け、橋の勧進に入るように勧めます。ワキはシテ・ツレが俗の身であるのに橋を架けようと思い立ったことを褒めますが、シテは必ず出家でなければならないものでもないだろうと言い、ワキが橋の謂われを問うたのに答えて、橋をめぐっての問答となります。

ワキの問いに、シテは万葉集の歌に「東路の佐野の船橋とりはなし」とあることを指摘します。さらにシテは、ワキ達が山伏なので特に橋を渡してほしいと言いますが、ワキはなぜ山伏だと特に橋を渡すべきなのかと問い返します。

これに答えて役行者が葛城の岩橋を架けた話を語り、地の下歌から上歌「処は同じ名の」の打切でツレが笛座前に着座します。
一方シテは謡に合わせるように舞台を左へ廻って、大小前から常座へ進みます。

ワキは先ほどの歌の「とりはなし」が「取り放し」と「鳥は無し」と二つの読みようがあるが、どういう謂われかと問います。
実は今回、気になって万葉集を調べ直して見たのですが、巻十四、3420番に「上つ毛野佐野の舟橋取り離し親は放くれど我は離るがへ」とあり、この歌を引いたようです。

これに答えて、シテは常座から正中に出て下居し船橋をめぐる男女の物語を語ります。
昔この船橋を道として、男が忍妻に夜な夜な通ううちに、二親がこれを厭い、橋の板を取り放して置いた。それを知らずに橋を渡り、水に落ちて死んでしまったという話。

これを地謡が引き取り、さらにクセになります。
このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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