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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

海士のつづき

さて藤原不比等の妻は蘇我娼子、後に県犬養三千代と再婚していますが、武智麻呂から宇合までは蘇我娼子の子(宇合については異説もあるようです)で、歴史上には志度の海女の話はでてきません。
藤原氏は、鎌足が後の天智天皇、中大兄皇子と語らって蘇我入鹿を暗殺したことから歴史の舞台に登場してきますが、入鹿とは従弟にあたる蘇我倉山田石川麻呂も中大兄皇子側に立って暗殺にも荷担しており、蘇我娼子はその姪にあたります。

ところで歴史の皮肉というか、天智天皇の死後、その子大友皇子と、弟とされる大海人皇子の間で権力闘争が生じ、大海人皇子が勝利して天武天皇となります。藤原氏は大友派と見られていたようで、天武朝では不比等は不遇を託つのですが、天智天皇の娘であり蘇我氏の血を引く鸕野讚良皇女(一文字目は機種依存文字のため表示されない場合はご容赦ください「ウ」です)が皇后となっており、天武天皇の死後に持統天皇として即位するに至って不比等にようやく陽があたってきます。
さらに県犬養三千代との出会いが藤原氏の興隆を決定付けるのですが、いずれにしても海女伝説との結びつきは見えてきません。

一方の志度寺ですが、香川県東部の現さぬき市、旧志度町にあり、志度湾を臨む推古天皇の頃の創建とされる古い寺で、十一面観音を本尊としています。不比等、房前が堂宇を建立したと伝えられており、海女伝説に繋がりそうですが、このあたりの勢力と藤原氏になんらかの繋がりがあったのかも知れません。

さて、どうも気になる点があって歴史的な話などを長々と書きましたが、そろそろ能の方に話を移したいと思います。海女の玉取伝説は能の展開に沿って触れていきたいと思います。

舞台上は次第の囃子が奏され、直ぐに幕が上がると白大口に長絹、金風折烏帽子を着けた子方を先頭に、素袍男姿のワキ、ワキツレ二名が続き、都合四人が登場してきます。
舞台中央で向かい合っての次第謡となりますが、このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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