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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

松尾さらにさらにつづき

まずはすっきりした脇能らしい能だと思いますが、正直のところそれ以上のものではないという印象です。世阿弥作ということなのですが、どうなのかなぁ。本脇能の定石に沿ったきちんとした作りの曲ではあるのですが、神が松尾の明神である必然性が感じられないんですよねえ。

この松尾明神ですが、京都嵐山の松尾大社がそれで、祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)です。神社のHPを参考にすると、祭神大山咋神は古代から有力な神であったらしいのですが、5、6世紀に秦氏の大集団が渡来してこの地に住し、松尾山の神を一族の総氏神として崇敬したことが当社隆盛のきっかけとなったようです。

秦氏は当地の開拓に努め、農業をもとに諸産業の発展に尽力したようですが、中でも酒造に力を入れたらしく、室町時代末期以降、当社が「日本第一酒造神」と仰がれる由来ともなったとか。全国の酒造家から崇敬されているそうです。
そう言えば年末に上演されることの多い狂言「福の神」では、出現した福の神が酒を献上されて「日本大小の神祇、別しては松の尾の大明神」にまず捧げます。
アドの男達に、なにゆえ松の尾の大明神に捧げるのかと尋ねられた福の神は、松の尾の大明神は酒神なので初穂を献上しないと機嫌が悪いからだと説明します。広く松尾大社が酒造の神として崇敬されていたことがうかがえるところですね。

こんなに由緒ある神社なのに、この曲では本地垂迹の理が説かれるだけで、松尾社の由緒についての具体的な話が何も出てきません。あえて間狂言の語りの内容も書いておきましたが、この内容も別に松尾明神に特定されるようなものではありません。
福の神をもじったような替え間でもあば納得できそうですが、なんとなく通り一遍に松尾明神を持ち出したような印象になってしまっています。

なぜに宝生流だけにあるのかそのあたりの事情もよく分かりません。神舞を舞う能では高砂、弓八幡、養老の三曲が有名で各流ともに上演の多いところですが、それ以外の曲は流儀によって演じる頻度に大きな違いがあるように感じます。後場で出現する神様、というよりも神社との関係などが絡んでいるのかも知れません。

繰り返しになりますが、脇能としてはそこそこに出来た曲と思いますし、当日の朝倉さんは舞も上手でいらっしゃるので、それなりに良い気分を楽しめたのですが、なんだか物足りない感じの残る一曲でした。
(75分:当日の上演時間を記しておきます)
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