能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

千手 観世芳伸(観世会定期能)

観世流 観世能楽堂 2006.8.6
 シテ 観世芳伸、ツレ 武田尚浩
  ワキ 森常好
   大鼓 佃良勝、小鼓 亀井俊一
   笛 寺井久八郎


千手は、平家物語にみえる千手の前の話をもとに作られた能で、一説には金春禅竹の作と言われています。三番目ものですが、いわゆる現在能で一場構成です。世阿弥の時代とはいささか異なった扱い方という感じがしますね。


千手の前の話は吾妻鏡にもみえ、実在の人物だったようです。
元暦元年四月八日、一ノ谷の合戦で捕虜になった平重衡が鎌倉に護送されてきて、狩野介宗茂が警護にあたります。
その後の二十日、終日雨の一日に頼朝が重衡の入浴を許し、その際に藤原邦通、工藤祐経そして千手の前という女官を遣わして重衡の徒然を慰めたとの記事があります。


重衡は大変喜び、工藤祐経が鼓を打ち今様を歌うのにあわせ、千手が琵琶を弾き、重衡が横笛をあわせるなど、楽しい酒宴となった様子。
ここで後生楽、往生急の話が出てきます。


さて夜半に千手が帰ろうとすると、重衡は引き留めて盃を与え「燭暗くすは数行虞氏の涙、夜深けては四面楚歌の声」と朗詠しました。
千手が頼朝のところに戻り報告すると、感じるところのあった頼朝は、千手に宿衣一領を持たせて重衡に遣わしたと書かれています。


一方、平家物語では、重衡を預かった宗茂が湯殿を設けて入浴させ、その際に千手の前に世話をさせたという話になっています。
重衡は千手の振る舞いを大変気に入りますが、その日の夕方、千手が召し使いに琵琶と琴を持たせて再び現れ、狩野介宗茂も郎等十余人ともども酒宴に加わりました。
その夜は、夜が明けるまでしみじみとした酒宴が続きましたが、重衡は千手の帰り際に、出家したいとの望みを伝えます。


さて翌朝、千手が戻ると、頼朝は昨夜、酒宴での折に重衡も楽器を手に取り朗詠するのを立ち聞きしていたと明かします。重衡の人物に感じるところがあった様子ですが、重衡の出家したいとの望みは叶えず、後に重衡は奈良で首を斬られてしまいます。その由を伝え聞いた千手は自ら命を絶ったという話になっています。


さて能ではどう展開するのか・・・明日につづきます

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