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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

隅田川さらにさらにつづき

悲しみにくれるシテに、ワキが鉦鼓を渡し念仏に加わるようにと勧めます。
いよいよ終曲に向けて盛り上がっていくところになりますが、以前にも書いたように、この隅田川のラストでは、子方を全く出さない、声だけ聞かせる、子方が姿を現す、と三つの選択肢があり、子方を出すべきか出さざるべきかについては、世阿弥と元雅の間にも議論があったと言われています。

この日のパンフレットにも友枝さん自身がこの子方をめぐる演出について書いておられます。かつてお若い頃に、学生向けの演能でこの曲をよく取り上げたが子方を出すと笑いが起きて見所がざわついた経験がおありのようです。
母親のみに見えた亡霊ととらえて、子方無しの演出でも数多く演じてこられたとか。
それが近年になって、やはり子方を出すべきだと思うようになり、今回は「確固たる意図」を持って子方を出す演出によると、書いておられます。

私自身も子方が出る方が落ち着きがよい様に思っていますが、とは言え、ヘタをするとうるさい感じや、技巧的な感じになってしまいそうで、微妙な加減の問題はあると思います。

さてシテが立って鉦鼓を打ちつつ「南無阿弥陀仏」と唱え、地謡との掛け合いから、子方の謡。これにシテが気付いてワキに告げ、母一人が念仏を唱えることにします。
シテの「南無阿弥陀仏」に子方が「南無阿弥陀仏」とこたえてクライマックスとなっていきますが、この後の謡「あれは我が子か 母にてましますかと」を観世、宝生、金剛の各流ではシテが「あれは我が子か」子方「母にてましますかと」と謡います。金春流はいずれも地謡が謡い、そして喜多流はシテが「あれは我が子か」と謡うと地謡が「母にてましますかと」と続けます。
この大詰めの場面を観ながら、喜多の形が私には一番おさまりが良く感じられるなあ、としみじみ思った所です。子方自身が謡うよりも、地謡の謡で子方が所作をする方が胸に迫るものがあるように思いました。

シテのシオリ留めで終曲となりますが、隣席の方は最後までハンカチが放せませんでした。
(86分:当日の上演時間を記しておきます)
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