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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

光の素足の話 もう一日のつづき

さて一郎はつらい気持ちから一人里を離れて山中で舞を舞っています。するとここに不思議な老人がやってきて一郎に声をかけるわけです。水衣肩上げの尉姿の山人が登場してきます。
山人は一郎との問答で、つらい気持ちはよく分かるがそれは自分で解決しなければならないもの。夜までここにいれば手助けをしてやろうと言って姿を消します。一郎も続いて中入して間狂言になる形です。
一郎の苦しみは、楢夫を置いて自分一人は生き返ってきたものの、みんなからは異質の世界から舞い戻ったものとして遠ざけられていて、そのつらさに自ら一人でいることを選んでいるといったことのようです。

中入では間狂言の二人、ポウセ童子とチュンセ童子が登場します。これも賢治の童話「双子の星」を元にしたもので、大鷲と蠍の争いもこの二人が演じる形になっています。ここだけを取り出しても鑑賞に堪えるものに仕上がっています。

二人が退場すると後場になり、まずは一郎が登場します。
そして山人、実は光の素足が登場して一郎を諭して謡い舞いのうちに姿を消していくという展開になっています。
ついでながらこの曲にはワキにあたる役が登場しません。確かにこの登場人物の内にはワキが果たすべき役処の人物がいません。ワキの果たしている役割を考える意味でも、大変面白い経験でした。

さて昨年の「花供養」の時にも書きましたが、私はいわゆる新作能をどちらかという避けてきました。しかし、花供養とはまた違う行き方ですが、この「光の素足」は能という表現形態の可能性を新たに切り開いたような感があります。
囃子、謡、舞それぞれに新しい地平が見えるように思います。古典の能を突き詰めていくことこそ能の本来の姿と信じてきたのですが、能も変化することができる「生きた」芸術なのだと実感したところです。中所さんは既にこの曲を何度も上演されていますが、今後も継続して演じていただきたいと思うと同時に、このブログを読んでいただいている皆様にも機会あればぜひ観ていただきたいものと思っています。

最後に当日の配役を記しておきます。
光の素足 中所宜夫、一郎 中所真吾
 ポウセ童子 山本則重、チュンセ童子 山本則孝
  大鼓 亀井広忠、小鼓 田邊恭資
  笛 松田弘之
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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