FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

吉野天人さらにつづき

登場したアイは吉野にまつわるいくつかの話を語ります。なかなか興味深い話ではあったのですが、きちんと書き取るには余裕が無くて、うろ覚えですが記憶に残っているところを書き記しておきます。

最初は孝霊天皇の御宇と言ったと思うのですが、天竺五台山、未申の方より我が朝に飛び来るものがあり、これが二つに分かれて、一つは常陸の国筑波山に、もう一つは吉野の山に至った。これゆえに吉野の山を金峯山と名付けた、という話。

次に元明天皇の御宇、和銅年間に、役の行者が祈ることによって、弁財天、地蔵菩薩、蔵王権現が吉野に現れ、このうち蔵王権現をこの地の守護神としたこと。
また蔵王権現に子守、勝手の両神がしたがっており、この子守、勝手についての謂れなどの話。

さらに五節の舞についての話で、そもそもこの五節の舞は当山より始まったということである。浄御原天皇が、大友皇子に襲われて当山に隠れ、その折に琴を弾かせられたところ、これに感じて上界の天人が下り、一度、二度ならず五度までも舞を舞ったゆえに、五節の舞の始まりとなった、という話です。

いずれもなかなかに面白い伝承で、最初の話は能「春日龍神」でも、入唐を企てる明恵上人に宮守の老人が、吉野・筑波は五台山を移したものだから、唐に行くまでの必要は無いと止める話が出てきます。このあたりの宗教的な問題については詳しくないので、どういう伝承・経緯が背景にあるのか分かりませんが、興味を引く話ではあります。

役の行者と蔵王権現、天武天皇と五節の舞、吉野をめぐる伝承を並べたということなのでしょうけれども、興味を引く話です。五節の舞は歴史上も天武天皇が定めたものという説がありますが、そうした事実を背景として、伝承の形に作り上げていったのでしょうね。

三番三を舞った富太郎さんが、今度は間語りで登場し、堂々と語った後に、東山に参詣する人々に心静かに拝するようにと触れて退場します。
いよいよ後シテの出となりますが、この続き、もう一日明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/1550-32047242

 | HOME | 

カレンダー

« | 2020-02 | »
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。