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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

大般若またまたのつづき

三人は立ち上がり、ワキがワキ座に下がり飛天が台上に上るとツレ龍神の出になります。龍神も飛天同様に二人で登場してきます。
中村さんの解説にありましたが、室町時代に成立した能では数千に上る曲が作られたとか。その多くが廃曲になってしまったわけですが、もちろんつまらない作品が多かったということもありましょう。しかしこの大般若は、おそらく登場人物が多くて演ずるのが大変だったいうのが大きな理由ではないかいうことでした。ツレが四人も出ると装束の準備なども大変そうです。龍神は半切に袷法被を肩脱ぎにし、赤頭、龍戴を着けての登場で、二人出るとなると大変です。室町時代後期になると、やたらと登場人物の多い曲が作られたようですが、現行曲にはあまり残っていませんね。

さて登場した龍神は舞台に進み舞を舞い、谷底から山上まで自在に駆け巡る様を表現します。舞い終えた龍神が下居すると幕が巻き上げられて半幕でシテの姿が現れます。

幕が静かに下ろされると早笛となり、今度は勢いよく幕が上げられて後シテ深沙大王の出となります。最初は速く始まった囃子がゆっくりとなり、龍神が目付と笛座に別れて立つと、シテは幕前で足拍子を踏み、一回りしてさらに舞台へと進みます。

後シテは黒地に銀糸で龍をあしらった狩衣に裲襠(リョウトウ)というポンチョのようなものをかけ、真蛇の面、白頭に大龍戴を着けています。さらに首には七つの髑髏がついた髑髏瓔珞を懸けての登場です。
真蛇は般若に似た面ですが、顎が大きく張り出しています。この面は般若が嫉妬心などのためにさらに人の心を失ってしまったものと解説されますが、実はそうではなく、この面は「大般若」のシテ深沙大王を演じる時の専用面「深沙」だったのではないか、というのがこの大般若が復曲されるきっかけになったのだそうです。古い時代の真蛇にはあまり怖い感じがしないものがあると聞いたことがありますが、仏法の守護神ともなった深沙大王を表現したものとすれば納得が行くところでもあります。

ところでこの深沙大王ですが、河に現れ髑髏瓔珞を懸けた特徴は西遊記の中では沙悟浄に引き継がれています。沙悟浄が河童の妖怪だというのは日本独特の解釈のようですが、ともかく神が妖怪になるという一般的な傾向があるようです。もっとも深沙大王への崇敬はその後も続いていたようで、調布の深大寺の名は深沙大王を祀った寺の意味があるのだそうです。
もう一日つづきます
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