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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

小塩のつづき

シテの老人は橋掛りを進みます。装束付けには着付、無地熨斗目(小格子厚板ニモ)とあります。どちらにするかでやや格が変わりそうですが、この日は珍しい茶系の無地熨斗目・・・なんでしょうね、色の感じは小格子厚板が少し濃い色になったようにも見えるくらいです。これに芥子色とでも言ったらよいのか、水衣を着けての登場です。肩には桜の小枝を担っています。老人と花の小枝の取り合わせが前場の象徴となるようです。

常座まで進み出たシテは一セイ、サシ、上歌と謡います。老いの身と花に興じる思いを謡います。喜正さんの謡はゆったりと伸びやかな印象です。
このシテにワキが声をかけます。
花を愛でに貴賤様々、多くの人々が賑わっているわけですが、その中に老人が花の枝をかざして「さも花やかに見え給うは」一体どこから来た人なのかとたずねるわけです。

シテはこれに「心なき山賤の身にも応ぜぬ花好き」とお笑いあるか、と返し地謡の下歌でワキに向かって問わせ給うなと返事をした形になります。
ワキは、本当に腹を立てたわけでもなかろうとシテに話を促しますが、老人はなんとなくはぐらかす風で小塩の景色に注意を向けるようにし、シテワキの掛け合いから地謡の上歌へと桜咲く大原野、小塩の風景が謡われ、シテ老人がワキ一行にこの景色を示す展開となります。

さてこの上歌の終わり「げにや大原や 小塩の山も今日こそは神代も思い知られけれ」と結ばれていて、これを踏まえてワキは「只今の言葉の末に『大原や小塩の山も今日こそは神代の事も思い出づらめ』」とあるのはいかなる人の歌かと問いかけます。
この歌、伊勢物語、古今和歌集にもある在原業平の歌。シテはワキの問いに答えて業平が大原野の行幸に供奉した際の事を、なにやらしみじみと語る風で、地謡の上歌「昔男あわれ古りぬる身の程嘆きてもかいなかりけり」と我が身のことのように思い出しては泣く気配、モロシオリの形となります。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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