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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

東岸居士のつづき

一声の囃子で登場してきたシテは常座に出て一セイ。白大口に紫の水衣、掛絡をかけて立烏帽子の装束です。観世流では自然居士と同様に烏帽子を着けずに登場し、後に物着で烏帽子を着けて鞨鼓を舞いますが、宝生流ではこの曲は最初から烏帽子を着けて登場するようです。
面は喝食なのですが、よく見る喝食の面とは随分印象が違います。喝食面には前髪が銀杏型のものとおかっぱの形になるものがあり、この日の面はおかっぱ型のいわゆる大喝食にあたるようです(会場に当日の使用面のお知らせがあったかも知れないのですが気付きませんでした)。 宝生会には名人といわれた龍右衞門作の大喝食が所蔵されているそうなので、その面かあるいは写しなのかも知れませんね。

大喝食は年齢的にかなり若い姿を現しているそうですが、それにしても東岸居士というのは実に捉えにくい存在です。
このあたりは自然居士も同様ではあるのですが、自然居士の場合は、もともと幾多の経験を踏んだ実在の説経者であった自然居士を、観阿弥が少年である喝食の姿で表現したことによるものでしょう。しかしこの東岸居士、自然居士の弟子と紹介されますが、何らの経歴も明らかにされず、歳のほども見当がつかず、何をする人なのかも分かりません。

一セイの謡を謡い、床几にかかった東岸居士に、ワキが今日はどの様な聴聞をされるのかと問うと「万事は皆目前の境界なれば 柳は緑花は紅 あら面白の春の景色やな」と「ぬえ」さんが「人を煙に巻いたような」と表現されていますが、ほんとうに答えにもなっていないような、不思議な物言いをします。

ワキが橋のことを問うと、師である自然居士が渡した橋であると答えますが、郷里は何処いかなる人かと問われると「むつかしの事を問い給うや 本来来る所もなければ出家と言うべき謂われもなし」と不思議な物言いです。
このシテの詞は、私、妙に気に入っております。どこから来たという訳でも無いのだから出家ではない。出家でないから髪も剃らず、墨染めの衣を着ることもなく、善を見ても進まず、智を捨てても愚ならずと、なんとなくこの辺りに覚りの一端が示されているような気がします。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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