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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

東岸居士さらにつづき

ワキがいつものように歌ってくれと求めると、いざ歌おうとシテが受け、地次第で立ち上がると常座に進んで中ノ舞になります。

中ノ舞は常と変わりませんが、舞上げたシテは大小前でクリを謡い出し、サシからクセと謡が続きます。
「ぬえ」さんが「超難解、あれ、よく読むとそうでもないか」と評されていますが、この謡もまた分かったような分からないような詞章が続きます。
どうも私にはワキとの問答の「本来来る所もなければ出家と言うべき謂われもなし」に続く詞章が仄めかす覚りを他の言葉を持って繰り返しているような気がしてならないのですが・・・なんでも一遍上人の言葉なのだそうですね。
うまく表現できないのですが、所詮計らいを捨て拘ることを離れれば、皆彼岸へと渡れるのだとでもいうような、シンプルな教えなのでは・・・と思えます。

しかしその後、これまたとってつけたようにワキが「とてものことに鞨鼓を打って御見せ候え」と言いだして物着になります。さすがにこれは訳が分かりません。なにが「とてものこと」なんでしょうねぇ。
物着では後見座にクツロイだシテの掛絡が外され、水衣を肩上げして鞨鼓を着けます。用意の出来たシテは常座に出て、シテ、ワキの掛け合いの謡から「ささら八撥打ち連れて 百千鳥」から鞨鼓。

「ぬえ」さんはプロらしい着眼点で、この鞨鼓が中ノ舞同様に破ガカリで始まることに疑問を呈されています。確かにこの日も、破ガカリで中ノ舞同様の部分から始まって、狭義の鞨鼓を舞い、中ノ舞に戻って舞上げました。自然居士では重複を嫌って最初の中ノ舞の部分が省略されるのに、この曲はどうしてこういう演出になっているのだろうか、言われてみれば不思議です。

ともかく、私個人的には「案外面白い能」という印象でした。それはシテ武田孝史さんの技量によるものかもしれませんが、「ぬえ」さんのおっしゃるように、結局「説法の内容そのもの、それを舞い謡う東岸居士の振る舞いそのものが上演の目的だったりする」からなのかも知れません。
(54分:当日の上演時間を記しておきます)
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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