能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

初雪さらにつづき

出端の囃子で後シテが登場してきます。薄く黄色味のある色大口に白の長絹、天冠には鶏が載っています。鶏というのは、いままで見たことがありません。この曲のみに用いられる物かも知れませんが・・・

後シテは一ノ松に立ち地謡となりますが、地謡が「あれあれ見よや不思議やな」と一句謡うと向きを換えて舞台に向かって橋掛りを進み、「半天の雲かと見えつるが」とシカケ開キして角に出、角トリして舞台をを廻り「白妙の初雪の 翅をたれて」と常座で袖を返すと正中に出「姫君に向かい」とワキ座に向かって膝をついて一礼し、立ち上がると角から大小前へと回って中ノ舞となりました。

中ノ舞を五段に舞い上げると、シテは「この念仏の功力にひかれて」と謡い、初雪の霊が念仏の功徳で極楽に至り、舞い遊ぶ様を示して留となりました。羽根扇から、鳥が羽ばたくように袖を使っての舞で、真っ白な鶏、初雪の可憐な風を表したところです。
(51分:当日の上演時間を記しておきます)

*** 10月金春会 補遺 ***
当日、諸般の事情で一曲目の巴の途中から入り、初雪まで観て帰ってきたことは、先月ブログに書きました。というわけで、その途中から入った巴ですが、当日のシテは本多布由樹さんで、立派な体格の女武者でしたが、それはともかくも巴の最後の部分は各流、またそれぞれのシテの解釈にも寄って、様々な形で演じられます。で、当日の形が印象的でしたので少しばかり書いておこうと思います。

ロンギに続き義仲最後の場面が近づいてきますが、シテは正先で別れを告げるように両手を着いて一礼の後に下居して謡を聞き、やや起きて「巴はともかくも 涙にむせぶばかりなり」と再び両手を突いて、その姿勢のままに片シオリします。
「かくて御前を立ち上がり」で長刀持って立ち上がると橋掛りを見込み、常座へ進んでワキに向き直り、正中から正先へと出ます。

さらに長刀揉みつつ橋掛りへ進みますが、この間に後見が正先に畳んだ水衣を置きます。義仲の遺骸の場所を示す様子です。
シテは二ノ松で謡って舞台へと戻ります。常座に戻り「見奉ればいたわしや」で長刀を落とし、正先の水衣の前まで出て下居し、両手で取り上げます。左手に水衣を掛けて立ち、ワキ正に三、四足、戻って正先を見込むと左に回って常座に下居します。
すると後見が出て、唐織と烏帽子を外して、白の水衣を掛けて女笠を手に持たせます。シテは左手に太刀持って立ち上がり、角に出て角トリ、笠をかざして左に回り、常座あたりでワキに振り返って笠を落とします。
合掌して左手に太刀抱え込み、ワキ正に留拍子を踏んで終曲となりました。
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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コメント

チャボの作り物

鶏大好きで子どもの頃からチャボを飼っています。寿命が短いので何回か飼い換えてきましたが 、【初雪】が鶏の能だとは知りませんでした。
観たいです、とっても!
チャボはカワイイですよ。眺めていて飽きないですし、抱き上げると物凄く軽くてほおずりしてしまいます。
寳生流の宗家が明治の謡曲大改訂で【鷄龍田】 と言う曲を廃曲にしたそうですが、どういう曲だったんでしょうね?
今、自分は新作能【金鷄】を創ってますが、金剛流で上演してもらいたいと考えてます。
ちなみに自分は寳生流高安流幸流一噌流習得です。
觀世流は嫌いなのでゴメンナサイ。

Re: チャボの作り物

私も子供の頃、チャボを飼っていました。あまりに遠い昔のことで、すっかり忘れていましたが・・・

コメントありがとうございます。
シテ方、大鼓、小鼓、笛と、きちんとお稽古されているんですねぇ・・・羨ましいなあ。
金鶏の完成、お祈りします。

さて鶏龍田ですが「とりたつた」と読むのか「にわとりたつた」と読むのかも迷うくらいですが、明治の末に出版された四流対照謡曲二百番には「とりたつた」とある一方、平成十年に金春流本田光洋さんが国立能楽堂で復曲公演をされた記録には「鶏立田・・・にわとりたつた」とあります。

もちろん私も観ておりませんのでどんな曲か分かりませんが、このブログで時々引用させていただいている半魚文庫さんのサイトに、鶏竜田として掲載されていますので、ご参照下さい。コメント欄にはリンクが記載できないので、Googleで参照下さい。半魚文庫 - 金沢美術工芸大学が一番上に出てきます。
表紙のページから「謡曲三百五十番  ◆ いまはなにをかつゝむべき」のところをクリックしていただくとたどり着けると思います。名著全集本『謡曲三百五十番集』と、赤尾照文堂版『謡曲二百五十番集』を底本とされているので、廃曲になった際の宝生の謡本とは異同があるのかも知れません。

平岡の何某という男が龍田山に分け入り、美しい鶏を見つけて家に連れ帰ろうとすると、里の女に留められます。しかしそれを振り切って鶏を持ち帰ると、妻が伏せってしまい、加持祈祷を頼んでいると、鶏の精が恐ろしい姿になって現れてくる・・・と、まあそんな内容の曲のようです。

つたないブログですが、今後ともごひいきに・・・

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