能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鵜祭 本田光洋(国立特別公演)

金春流 国立能楽堂 2011.10.29
 シテ 本田光洋 
  ツレ(海女)本田布由樹 大塚龍一郎
  ツレ(八尋玉殿の神)本田芳樹、子方 青木美乃里
  ワキ 高井松男
  アイ 茂山茂
   大鼓 河村眞之介、小鼓 鵜澤洋太郎
   太鼓 三島元太郎、笛 藤田次郎

この鵜祭という曲、金春流のみが上演する脇能で、能登、今の石川県羽咋市に鎮座する気多大社の鵜祭の神事を原典としています。
いつもというわけではないのですが時々購入する国立能楽堂のパンフレット。今回買い求めてページをめくってみると、金沢大学教授の西村聡さんが十月の演目をめぐって一文を書かれていて、この中に「鵜祭」に関して、能登の七尾の畠山氏が日吉・金春・観世など諸座の猿楽を都から受け入れ支援していた話が出てきます。
畠山氏が天正五年(1577年)に滅亡するまで、この地を各座が訪れたようで、その中で、羽咋の気多神社に伝わる珍しい神事に取材した「鵜祭」を、金春座が所演曲に加えたことが書かれています。

七尾の畠山氏といえば、おりしも日経新聞に連載中の小説「等伯」の主人公、長谷川等伯は、もともと畠山氏に仕える下級家臣の出自であった様子で、畠山氏の没落が中央で活躍する長谷川等伯を生み出した遠因ともなっているようです。
そんなことを考えていると、歴史の不思議さをしみじみと感じるところです。

さて舞台にはまず一畳台が運び出されてきて大小前に据えられ、続いて運ばれてきた紺の引廻しを掛けた宮がこの上に置かれます。するとさらにもう一台、一畳台が運ばれてきて先ほどの宮を載せた台の手前に並べて置かれました。あまり見かけた記憶のない一畳台の並べ方で、いささか驚いていると真ノ次第。
黒というか褐色なのか、狩衣を着けた大臣ワキ高井松男さんに、赤大臣のワキツレ則久さんと梅村さんが登場してきました。
さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/1664-3deb95cd

 | HOME | 

カレンダー

« | 2017-06 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。