能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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難波まだつづき

いささか長くなるのを覚悟で、間狂言の様子についても書いておこうと思います。

昨日も書いたように、この曲の間狂言はそもそも流儀によっていくつかの形があるようです。今回はアイ茂山七五三さんが末社の神として狂言来序で登場してきました。
鞨鼓台を持っており、常座まで出ると台を置いて名乗ります。この鞨鼓台を持って出るのは後シテが楽を舞うためで、観世流の常の形である後シテが神舞を舞う形では当然ながら鞨鼓台を出しません。ただしこの前書いた通り、観世流でも小書に羯鼓出之伝がつくとアイが鞨鼓台を持って出る形で、今回と同様の間狂言になるようです。

さてアイは、古、人皇十六代仁徳天皇が未だ大鷦鷯(オホササギ)の皇子と呼ばれていた時、応神天皇の跡を菟道稚郎子(ウジワキイラツコ)皇子と互いに譲り合って、天皇が空位となっていたことから語り始めます。
その時、百済国より来た王仁(オウジン)という人物が、難波の皇子すなわち大鷦鷯の皇子が位に就けば平和な国になろうと即位を勧め、仁徳天皇が即位した。天皇が空位であった三年の間、花も青葉も見せなかった梅が、即位ののち一夜にして花開き、それを見て王仁が「難波津に咲くやこの花・・・」という歌を詠んだ。この度、当今の臣下がこの梅のところに来られたというので、王仁の霊が舞楽を奏して臣下を慰めようとしている。王仁は太鼓を打つので、結構な太鼓を出すのだと言って常座後ろに置いておいた鞨鼓台を持ち、どこへ置こうかと目付に台を置きます。しかし「いやいやこの辺りはちと悪しい」と今度は常座へ。さらに場所が良くないと正先へ置くと「ははあ 置いたりや置いたり まんまと置き済まいた」と納得します。

続いて「我らも一曲仕りたいが、それがしほど不調法な者はござらぬ」と太鼓を打たぬ言い訳をしてから、古、笛を吹いたことがあると笛を取り出します。「音取が良かろう」と笛を構えると笛方が音を出し、笛を吹く形をしながら舞台を一巡します。
上手の笛は云々と蘊蓄を語り、(自分の笛も上手なので)ここもとで吹く笛があの辺りから聞こえるようだと笛方の方を見やります。これは笑いの出るところ。
さて続いてユリを吹くと言って舞台を回り、この度は長々と笛を吹こうと言って三段ノ舞の譜を吹く形になります。もちろん音は笛方の松田さんが出しており、その音に合わせての所作だけですが、一段を吹くと「今日は天気が良くて 鳥が啼くよ ピーヨロヨロヨロ」と鳶を真似て退場します。

なかなかに面白い間狂言なのですが、ほぼ狂言一曲くらいの長時間のものです。
ちなみに王仁、百済の人で王仁はワニと読むと、むかあし歴史の時間で習った記憶があります。実際のところ、そんな個人がいたのか、あるいは百済からの帰化人の一団を代表させた名前なのか、今となっては伝説の中ということですね。
さて明日はようやく中入り後に移ります
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