能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

春藤流

昨日、久しぶりにブログにコメントをいただきました。
廃絶したワキ方の流儀である春藤流を宮城県で伝えておられる春藤流保存会「鉢の木会」の三神貞夫さんのコメントです。(コメントのリンク
これまでも何度かコメントをいただきましたが、三神さん達の活動が「伝統文化を映像化による保存事業」の対象となり、ブルーレイに保存されることになったのだそうです。
廃絶した流儀が、こうした形で保存されていること、本当に嬉しく思います。

実はこの記事を書こうとしてちょっと驚いたことが・・・
私、以前から日本語入力にATOKを使っています。今回のバージョンアップでATOKも30周年になりました。毎回バージョンアップにお付き合いしているわけでは無いのですが、今回は辞書もバージョンアップされたことでもあり、思い切ってオールインワンパックを奮発しました。
このパックは広辞苑や大辞林など12の辞書・辞典がセットされていて、文字変換の際に表示されるのですが、「しゅんどうりゅう」と入力して変換しようとしたところ、大辞林に収録されている内容が表示されました。

その記述に「能楽のワキ方の一流。現在は廃絶。下掛(しもがかり)宝生流の鏑木(かぶらぎ)家はもとその芸系。初世春藤六郎次郎が金春 (こんぱる)源七郎に学んでからシテ方金春流の座付きであった。」とありました。へえ、こんなことまで書いてあるんだと、正直ビックリしたところです。

さて三神さんの話にもどって、本日17日は、その鏑木岑男さんの弟子である安田登さんが、鉢の木会の方々とお話をされるそうです。安田さんご自身、春藤流の資料を集めておられたようですし、さらに広がりが出てくるかも知れませんね。

ところでその三神さんですが、伊達安芸涌谷領に住んでおられるとのこと。遠田郡涌谷町ですよね。登米の南、石巻も近くだったと思うのですが、震災の被害はいかがだったのでしょうか。「伊達騒動に名が残る伊達安芸」と書いていただきながら、うっかりしていたのですが、例の伽羅先代萩の伊達騒動に出てくる涌谷伊達氏の伊達宗重公のことですね。
この涌谷町の北は、合併して登米市になっていますが、かつて登米郡があり登米町などいくつかの町がありました。一度だけかつての登米町を訪ねたことがありますが、郡の名前は「とめぐん」で町の名前は「とよままち」と読むのが不思議でした。登米市は「とめし」で「とよま」の読みがなくなってしまったのはちょっと残念です。
この登米市には三神さんが書かれている「金春大蔵流」が伝えられています。もちろん狂言の大藏流ではなくシテ方の流儀です。

三神さんをはじめ「鉢の木会」の皆さんの活動が、よりいっそう充実したものとなりますようお祈りしています。
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/1701-7f0cb727

 | HOME | 

カレンダー

« | 2017-08 | »
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad