能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

俊寛 中所宜夫(若竹能)

観世流 矢来能楽堂 2012.02.18
 シテ 中所宜夫
  ツレ 坂真太郎、桑田貴志
  ワキ 殿田謙吉
  アイ 高野和憲
   大鼓 柿原崇志、小鼓 曾和正博
   笛 一噌隆之

俊寛は、5年ほど前に宝生流小倉敏克さんのシテで拝見した際に、鑑賞記を書きました。(鑑賞記初日月リンク)その際も書いたように、この曲には弱い・・・というか、ある意味たいへん好きな一曲です。

この日解説をされた元NHKアナウンサーの葛西聖司さんが「見ている方が俊寛の悲劇を追体験する」といった趣旨の話をされました。
平家物語に書かれた俊寛をめぐるあらましは以前のブログにも書きましたが、平家を滅ぼす陰謀に加わったとして鬼界島に流された法勝寺の執行俊寛、丹波の少将成経、平判官康頼の三人のうち、成経と康頼は中宮徳子の懐妊により赦免され、俊寛一人が島に残されてしまった顛末です。
この俊寛の話自体は、古来、能を観るような人たちであれば、ほとんどが知っていたのでしょう。そのためなのか、能では物語の前提の部分はバッサリ切り捨てられて、いきなりワキが登場して成経、康頼の二人を赦免する使と名乗り、続いてツレ成経、康頼が登場して島の景色となります。

やがて登場してきた俊寛と二人のやり取りの後、ワキがあらためて三人に声をかけて、赦免の使いであることを明かします。しかしワキの持ってきた赦免状に俊寛の名は無く、悲嘆にくれ、船に取りすがろうとする俊寛を残して一行は島を去り、俊寛が一人残される形で留となります。

物語の極々短い部分を切り取って、かつ抑制された演技で構成されるこの能は、能らしい抽象化の故に、観客が想像力を膨らませる余地が大変大きい一曲です。写実性が抑えられた分だけ、観客にとっては、例えばテレビや映画のように俊寛の有り様を客観的に眺めるというよりも、むしろ俊寛の物語を自らの想像力で膨らませ体験するような見方になるのでしょう。
自分が一人取り残されたらどうだろう、という想像から、さらに俊寛の苦しみ、悲しみ自体を葛西さんのいうように「追体験」することになっていきそうです。
私が、ずっと以前からこの曲にある意味「弱い」理由が、なんだか分かったような気がしました。

中所さんは、この日が俊寛の初演ということですが、能の場合、初演といってもそれ迄の間に謡は数え切れないほど謡い込んできているでしょうし、先輩などの舞台も数多く見てきていることでしょう。自分ならどう演じるのか、様々に思いをめぐらせてきたことと想像します。そうした長年の思いを、ようやく形にすることが出来る時期が来て披キとなるわけで、まさにそうした「時期」を感じさせる密度の濃い舞台でした。

今回のブログでは、型など細かいことは記載しておりません。当日もメモを取ることもせず、ひたすら舞台に集中させていただきました。よい能を観た満足感を感じています。
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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