能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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国栖さらにつづき

ワキは、供御として捧げられた国栖魚の残りを尉に下さるると告げつつ、立ってシテに寄り、シテの扇に注ぎ込むようにして下がります。
シテは姥に魚を見せるように扇を見せ、この魚はまだ生きているように見えると言います。そして吉野川に放してみようと言って川を見る形です。

ツレは放したからといって生き返るものかと諫めますが、シテは神功皇后が鮎を放させた故事を語りつつ、魚を見る形から面を上げ、地謡で立って正先へ出ると扇を伏せて川に鮎を放った態とし、一度下がってから舞台を一廻りします。

早鼓の手がゆっくりと打たれる中、ワキが「あら笑止や 追っ手が掛りて候」と事態の急を告げ、シテは自分に任せるようにと言うと、狂言座に立てかけた舟を取りに行きツレと二人で地謡前に持ってきます。子方が舟の後ろに隠れ、二人が子方の上から舟を裏返しにして被せる形。シテ、ツレが舟の前に立つと、早鼓のテンポが速まり、アイ二人が登場してきます。

アイの一人は槍を構え、一人は弓を引く形で登場すると舞台を廻ろうとして、シテ老翁、ツレ姥に気付きます。
この曲、布を掛け回した舟に子方を隠したり、追っ手のアイとシテが言い合ったり等、他の曲に無いような展開になっています。この場面も、手に汗握る・・・とまでは言いませんが、通常「能」に対してもつイメージよりも随分と劇的な構成が強い感じです。いつ頃出来上がった能なのか、興味深いところですが、残念ながら詳しいことは分かりません。いずれにしても、世阿弥の手になる一連の能とは、かなり雰囲気を異にする曲ではあります。

さてアイの二人は浄見原の天皇を追っているのだが知らないか、とシテに問います。シテは「何、清み祓え」とわざと聞き違え、清み祓ならこの川下へ行けととぼけます。アイの二人は、老いぼれている様子なのでもっと大きな声で言ってみようと、声を大きくして聞き直します。
シテは、浄見原とは人の名か、と気付いた様子になりますが、とは言えこの吉野山は隠れ家多い広大な場所であり、いったいどこまで探すつもりか、早く帰った方が良いと諭します。
さてこのつづきはまた明日に
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