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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

国栖のつづき

シテ、ツレはワキ正に置かれた舟に乗り込み、シテが「姥や見給へ」と声をかけます。この辺りは銕之丞さんの時と同様で「舟さしよせて」と舟漕ぐ型になるのも同じです。

地謡になると「後にぞ思ひ白波の」で、シテが棹を落として二人は舟を下ります。シテは正中、ツレは大鼓の前あたりに下居して、子方・ワキと向かい合う形になります。
シテがワキに向かって問いかけ、ワキは浄見原の天皇であると明かします。このやり取りは同じですが、子細を聞いたシテがツレに向かい説明する中では、銕之丞さんの時とは異なり「あれに御座候は忝くも浄見原の天皇にて御座候が、大伴皇子に襲われ給ひ・・・」とワキから聞いたことを繰り返し「なんぼう浅ましき御事にて候ぞ」と言います。

その後の展開は観世と基本的には同じですが、供御に何かをとワキに求められたシテ、ツレが根芹と国栖魚を供えるやり取り、ツレ、とシテの謡が、二人同吟を交えつつ短めの詞章で交互に続く形です。
観世の本ではシテが供御に供えようと言った後、ツレが「姥はあまりの忝さに・・・」から「菜摘の川とは申すなり」まで一人で謡いますが、ここをツレの謡い出しから「心若菜を揃へつつ」はシテが謡い、続けて二人同吟で「御供御にこそ参らせけれ」、「それよりしてぞ・・・菜摘の川とは申すなり」を再びツレが一人で謡う形です。その後のシテの詞も観世の本は、地謡の「吉野の国栖といふ事も」の手前まで、シテが一人で語りますが、ここもシテ、ツレ、同吟、シテ、同吟と細かく掛け合いになります。

このあたりは他の流儀も、上掛りの宝生流を含めて、詞章に多少の違いはあるものの、概ね喜多流と同様の形になっていて、観世流だけ形が違います。浄見原天皇の名を伏せた時に、こうした部分も改変したのかもしれませんね。

さてここの部分で、シテは背から扇を出して広げ、鮎などを載せて供える形でワキに寄って、ワキの広げた扇に注ぎ込み、ワキがこれを子方に捧げます。「近く参れ老人よ」の謡でシテは正中に出て下居。
ワキが「いかに尉」と呼び掛け、供御の残りを下されると告げるところになります。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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