能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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雲雀山 松井彬(喜多流職分会自主公演能)

喜多流 喜多六平太記念能楽堂 2012.06.24
 シテ 松井彬
  ワキ 福王知登
  アイ 高野和憲
   大鼓 原岡一之、小鼓 田邊恭資
   太鼓 梶谷英樹、笛 小野寺竜一

当日のブログに書きましたように、なぜかこの曲に縁が無くて、かれこれ三十年ほど前に、たまたま雲雀山が演じられる会に急遽行けなくなって以来、とうとう今にいたるまで観る機会に恵まれませんでした。
この曲、中将姫伝説をベースに置いているのですが、中将姫にまつわる能といえばほかにもう一曲、当麻があります。実はこちらも縁が無くてブログ未登場の一曲です。なんだか中将姫に縁が無いということかも知れませんが、ともかく鑑賞記に入る前に、その「中将姫伝説」について書いておこうと思います。

中将姫といえば当麻寺(お寺のある奈良県葛城市の地名や、お寺自体の表記は當麻ですがここでは当麻の表記で記載します)ゆかりの方ですが、当麻寺のサイトに記載されたものをベースに、中将姫伝説を簡単にまとめてみます。

中将姫は天平19年(747)、藤原豊成(とよなり)の娘として奈良の都に生まれました。
豊成は武智麻呂の長男ですから鎌足の曾孫になりますが、右大臣まで上り、別名難波大臣あるいは横佩(よこはぎ)大臣などとも呼ばれました。この横佩ですが、折口信夫の小説「死者の書」に「父は横佩の大将と謂はれる程、一ふりの大刀のさげ方にも、工夫を凝らさずには居られぬだて者であつた。なみの人の竪にさげて佩く大刀を横に吊る佩き方を案出した人である」とあり、太刀を横に吊って佩く形を創出した洒落者だったのでこの名が付いたとされています。
なにはともあれ、この大臣の娘として生まれた中将姫は観音に祈願して授かった子で、姫自身も観音を篤く信仰したとか。4才の時には『称讃浄土経』と出会い、幼少の頃からこの経典を諳んじていたといわれます。 しかし5才の時に母を亡くし、豊成が後妻を迎えると、その継母に妬まれ、次第に命さえ狙われるまでになってしまいます。周囲の助けで命を長らえながらも継母を恨むことなく、父豊成が都を離れていた14才の時に雲雀山へ逃れ、読経三昧の隠棲生活に入りました。
さてこのつづきはまた明日に
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