能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

芦刈 観世芳伸(観世会定期能)

観世流 観世能楽堂 2012.08.05
 シテ 観世芳伸
  ツレ 清水義也
  ワキ 舘田善博
  アイ 山本則秀
   大鼓 安福光雄、小鼓 鵜澤洋太郎
   笛 一噌隆之

この曲は古名を難波といい、『五音』には詞、曲とも世阿弥の作とあるようですが、『申楽談儀』をみると「喜阿も『難波の蘆を御賞翫こそ かへすがへすもやさしけれ(この曲のシテの詞章)』など おほかた申しけるなり」とあって、喜阿弥がこの曲を演じていたことが分かります。喜阿弥は世阿弥の父、観阿弥と同世代の田楽の役者ですから、おそらくは難波という古作の能があり、これを世阿弥が改作したというところでしょう。

さてツレを先頭に、ワキ、ワキツレが続いて、次第の囃子で登場してきます。ツレは唐織着流し、朱地に松の意匠でしょうか、ツレの装束としてはちょっと重い感じがします。ワキ、ワキツレは素袍男。ワキの舘田さん、ワキツレの森常太郞さんと梅村昌功さんはツレ日下左衛門の妻の従者という役処。

舞台中央で向き合っての次第「難波の浦を尋ねん」と謡ってワキの名ノリ。都のさるお方に仕える者だが、主人の若子の乳母がお里である津の国日下の里に下りたいというので供をしてきた由を述べます。道行の謡で淀川を舟で下り、難波の浦にやって来たことが謡われて、ワキの着きゼリフ。一行は日下の里に到着します。

若干妙な詞章なのですが「難波のうち日下の里に着きて候。このところにて左衛門殿の行方を尋ね申さうずるにて候」とワキが言い、ここで突然に一行が日下の左衛門を捜していることが分かります。
下掛りの本を見ると、次第の後、ワキの名ノリが長く、ここでツレの女が、津の国難波の浦日下の左衛門の妻であったものが、夫と離れて流浪の身となり都のさる方の若子の乳母となったが、夫を訪ねて日下の里に下ることになり、その供をしてきたのだと述べる形になっています。こちらの方が話としてはわかり易いのはもちろんです。ただ、ワキの名ノリが長いと、曲の印象が間延びする感もあり、上掛り、下掛りで演出を変えたのかも知れません。

ともかくも一行は左衛門を捜すこととして、所の人を呼び出します。これに応えてアイ日下在所の者が登場してきますが、このつづきはまた明日に。
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