能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

芦刈もう一日のつづき

シテの謡い舞が終わるとツレがワキに声をかけ、芦売りに芦一本を持ってくるようにと言わせます。シテは芦を笠に載せワキに渡そうとしますが、直接輿の内に渡すように言われ、ツレに寄って芦を差し出します。するとシテは驚いたように立ち上がり、そのまま橋掛りに進んで幕前に下居、一方のツレはシオリます。

ワキとツレの問答になり、芦売りこそ捜していた左衛門であることが分かり、ツレが自ら左衛門に面談すると言って立ち上がります。橋掛りへ進んで一ノ松あたりに腰を下ろし、出てきて欲しいと謡いかけます。
先に書きましたように流儀によって藁屋の作り物を出す形があり、この場合はシテが身を恥じて藁屋に入ってしまいます。そこでツレが藁屋の前に行きこの謡を謡うわけで「とくとく出でさせ給ひ候へ」という詞章がしっくりする感じがします。

シテが心の内を述懐するように謡い出し、ツレとの掛け合いで姿を現すことにして二人舞台に戻り、正中で腰を下ろして向き合う形になります。ここでも「小屋の戸を押し開けて」の詞章があり、作り物を出すのが相応しい展開です。

ワキが目出度いことなので烏帽子直垂を着けるようにと勧め物着。シテは後見座に向かいますが、ここは物着アシライではなくアイが出てシャベリの形。ワキとのやり取りで「難波の蘆は伊勢の浜荻」をもじって「難波のアジは伊勢のハマグリ」などと地口を言ったりします。当日この物着にいささか手間取った様子で、アイの詞章の終わりと、装束が整ったのがほぼ同時。アイが立ってシテに声かけて狂言座へ、シテが立って常座へ進み、続く地のクリで大小前から正中へと進んで下居。サシ、クセと謡が進みます。
クセの上げ端前「然れば目に見えぬ鬼神をもやはらげ」で立ち上がり、その後はクセの常の型をなぞります。
ワキが一差し舞うようにと勧めて男舞。目出度さを感じさせスッキリと舞上げるとキリ。左右打込開いて正先へ出「月も残り」と雲扇開キ、シテが目付へと向かうとツレが立ち上がって退場。シテは「大伴の 御津の浦わの」と常座で拍子を踏んで開キ、左袖を返して「帰ることこそ嬉しけれ」と留拍子を踏んで終曲となりました。
なかなかに面白い一曲でした。

ところで、今回「能楽藝話」の芦刈にかかる部分をひきましたが、この金剛右京さんは金剛流二十三世の宗家、昭和11年に亡くなっています。祖父が名人といわれた金剛唯一ですが、若くして宗家を継承した後、東京から京都に移り弟子家である野村金剛家の金剛謹之助の指導も受けたと言われます。子がなかったため、一時は宝生家から養子を迎えてなどとも考えていた様子ですが、結局後嗣を立てず、東京に戻って亡くなった右京さんをもって坂戸金剛家は途絶しました。
その後は金剛謹之助の子息初世金剛巌が二十四世の宗家となり、子息の二世巌、そして二世巌の子息現二十六世の金剛永謹さんへと宗家が引き継がれているのは皆様ご承知の通りです。
(86分:当日の上演時間を記しておきます)
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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