能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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富士山 金剛永謹(金剛永謹能の会)

金剛流 国立能楽堂 2012.11.18
 シテ 金剛永謹
  ツレ 宇高竜成 元吉正巳 廣田泰能
  ワキ 工藤和哉
  ワキツレ 野口能弘 野口琢弘
  アイ 石田幸雄
   大鼓 安福建雄、小鼓 曾和正博
   太鼓 小寺佐七、笛 一噌庸二

この富士山という曲は金春、金剛の二流のみが現行曲としています。この日は冒頭におなじみの西野春雄先生が登場し、解説としてこの曲について話されましたが、五音にも引用があり作曲は世阿弥であることに間違いなかろうということでした。
その後、世阿弥の娘婿である金春禅竹が手を入れたようですが、さらに禅竹の孫になる禅鳳の謡本が残っており、ここでも改作が行われたとか。この禅鳳本が金春流の型に繋がっているのですが、金剛流の型は禅鳳改作以前の古い型を残しているとのことで、後場の展開が異なります。

金春と金剛の型の違いは後場の記録のところであらためて触れたいと思いますが、ともかくも西野先生の話では、禅鳳はこの富士山の曲について、多武峰で演ずるために手を入れたと書き残しているそうです。当時、多武峰での演能に際しては新しい作であることが求められたらしく、そのため後場に手を入れたようなのですね。
西野先生が囃子方の方達の話などを聞くなかでは、金剛流の方が後場の流れが自然な感じがすると、そんな意見があるそうです。私は金春の富士山は観ておりませんが、いつも参照している謡曲三百五十番は金春の型の方を取っているようで、これと、この日拝見した金剛の形を比べると、たしかに金剛流の展開の方が一般的な流れに沿って無理がないと思いました。

ついでながら、ご承知のように観世座は世阿弥父子から甥の音阿弥の方へ主流が移ってしまい、世阿弥の伝書などは子息元雅が早くに亡くなったこともあって、禅竹に引き継がれたものも少なくなかったようです。この富士山が金春、金剛のみで演じられるのも、もしかしたらそういう関係があるのかも知れません。

実際の舞台の方は明日にまた
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