能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

花筺さらにさらにつづき

クルイの最後の部分「唯徒に水の月を望む猿の如くにて 叫び伏して泣き居たり」は、中国の仏書にある「猿猴捉月」の故事を引いての詞章でしょうけれども、余談ながらこの言葉「身分不相応な大望を抱いて破滅することのたとえ」などと解説されているのが普通ですが、私はそう解釈してしまうといささか意地悪過ぎるような気がしてなりません。

この花筺の印象も影響しているのかも知れませんが、本当の真理「月」そのものではなく、水に映った月を求めて破滅してしまうという、凡人に対する誡め、人の愚かさに対する警句であるとともに、そう動いてしまう人の悲しさを示しているようにも思えるのですが・・・。

それはともかく、ワキがシテに声をかけ、車近くにて狂って舞い遊ぶようにとの宣旨があったと告げ、これを受けてシテが立って常座に進み、イロヱになります。短い舞は狂い舞いの象徴です。
続いてシテのサシから李夫人のクセになります。

以前のブログにも書きましたが、この李夫人のクセは漢王と李夫人の別れを謡うもので、これに合わせてのゆっくりした曲舞で、王と夫人の別れの心情を情趣を込めて表現します。先のクルイが緩急を強め激情ほとばしるようであるのに対して、静的な中に思いを込めることで、対比の面白さを醸し出すところです。

曲舞の基本に従いつつ「なほいやましの思い草」とシオリ、さらに常座からハネ扇、正先で扇を差し出す形から下ろして「縹渺悠揚として」と下から見回す面に引かれるように右から回り、扇を右手に取り直して大小前。シテが「悲しさのあまりに」と謡って舞台を廻り、「空しき床を打ち払い」と扇をかざすと舞台を廻って大小前から左右、打込して下居「ひとり袂をかたしく」と納めます。

ワキが花筺を上げるようにと宣旨を伝え、ツレが渡した籠をシテはワキに渡して正中に下居。ワキが「帝これを叡覧あって」と子方に対して膝を突いて籠を見せます。
シテ、ワキのやり取りの内に、花筺が標となり地謡のうちにシテは立って正中に出、あらためて腰を下ろして「君の御心ぞありがたき」と合掌します。

キリの地謡で輿舁が立って後見座へ、ワキが子方を拝し「今は還幸なし奉らんと」と子方が立ってワキが続きます。
シテも立ち上がると常座まで追って大左右の型。子方・ワキの退場を見送って橋掛りへ。一ノ松で足拍子二つ踏み、扇を合掌するように逆手にとって、二足ツメてそのまま留となりました。
(81分:当日の上演時間を記しておきます)
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