能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

車僧 友枝真也(喜多流自主公演能)

喜多流 喜多六平太記念能楽堂 2012.11.25
 シテ 友枝真也
  ワキ 舘田善博
  アイ 竹山悠樹
   大鼓 原岡一之、小鼓 古賀裕己
   太鼓 林雄一郎、笛 杉信太朗

車僧は5年ほど前に、近藤乾之助さんのシテで白頭の小書付の観能記(鑑賞記初日月リンク)を書いておりますが、今回は喜多流の小書無しということで、シテも老練な乾之助さんとお若い友枝真也でもあり、特に前場は随分と印象が違うように思いました。

ところで舞台の前に、以前の観能記の時は特に触れませんでしたが、そもそもこの車僧という曲について、いささか書いておこうかと思います。
この曲、原典も作者も不詳とされていますが、一方で「車僧」と呼ばれた人物が実在したことも知られています。謡蹟めぐりをされている方のサイトなどにも取り上げられていますが、京都市右京区太秦海正寺町にかつて海正寺というお寺があり、この寺の開山である深山正虎(しんざんしょうこ)という僧侶が「車僧」と呼ばれていたらしいのです。

深山正虎という方は、13世紀の終わり頃から14世紀頃に実在したらしいのですが、出自など全く不明の様子です。九州福岡の筥崎宮で参禅した後に直翁智侃(じきおうちかん)のもとで剃髪・出家したと言われ、太秦海正寺を開いたのだとか。ちなみに直翁智侃は遙々南宋からやってきて建長寺の開山となった、かの蘭溪道隆の弟子にあたる方です。

さてその深山正虎、いつも破れ車に乗って町に居り、この車を子供達が押したり引いたりしていたということで、「破れ車」とか「車僧」とか呼ばれていたらしいのですね。
もちろんそれだけの話で、法力によって車を動かしたとか、深山和尚のもとに天狗が現れたなどいう話は無いようです。

一方、曲名は車僧ですが車僧はワキの役で、シテは車僧のもとに現れた天狗、愛宕山の太郎坊です。花月の謡ではありませんが「愛宕の山の太郎坊、比良の峯の次郎坊」と謡われるように天狗の代表格。ここは特に太郎坊に意味があるわけではなく、天狗の代表としてその名が用いられたということなのでしょう。
さて舞台の方は明日につづきます
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/1817-734eb9e7

 | HOME | 

カレンダー

« | 2017-06 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。