能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

女郎花のつづき

シテ、ワキの問答になりますが、これがなかなかしゃれてます。
女郎花を折るなというシテに対し、ワキはご覧の通りの出家の身、仏に手向けると思って一本許して欲しいと言います。
一方シテは、菅原道真もご神木を折らずに手向けよと仰せだし(どこにそんな話が出ていたのか不明ですが・・・)、古い歌にも「折りつればたぶさにけがる立てながら三世(みよ)の仏に花たてまつる」とあるように、出家の身ならばこそ折るなと申し上げているのだ、と返します。この歌、僧正遍昭の一首で、半蔀には最初の句が「手に取れば」として出てきます。手で折ってしまうと花が穢れてしまうので、生えているそのままに三世の諸仏に花を捧げる、というような意味でしょうか。僧正遍昭がそう言ってるのだから、同じ出家のあなたも、花は生えているそのままに仏に捧げてはいかがかというわけですね。

ワキは簡単には引き下がらず、古い歌を引かれるならば同じ僧正遍昭が「名にめでて折れるばかりぞ女郎花」と詠んでいるではないですかと言い、女郎花の名に引かれて折っただけだと主張する風です。
するとシテは、いやだからこそ「われおちにきと人にかたるな」とあるではないかと反論します。ワキの引いたのが古今集にある僧正遍昭の歌の上の句、シテが引いたのがその下の句ですが、「われおちにき」は私が堕落してしまったというような意味でしょうから、名に引かれて手折ってしまったがこれで堕落したと言わないでくれ、ということ。逆に言えば、花を折ってしまうと出家としては堕落したと言われても仕方ないというくらいの話でしょう。

いささか詳しく詞章に拘ってみましたが、なかなかに面白いやり取りです。
とは言え、これを謡として聞いていて面白さが分かるのかと言われると、さてどうでしょうか。能を観るのに特段の身構えが必要だとは思いませんし、分からないところは飛ばして、自分の感性に訴えてくるものを楽しめばそれで良いとも思うのですが、一方で、こうしたやり取りの面白さも、事前に謡曲の原文と、簡単な現代語訳くらいに目を通しておくと、かなり楽しめると思うのです。

さてワキは、こうしたシテの言い分に納得した様子で「暇申して帰る」と、ワキ座から数足ほど進みます。
さてこのつづきはまた明日に
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