能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

翁付老松 紅梅殿 観世銕之丞(銕仙会)

観世流 宝生能楽堂 2013.01.14
 シテ 観世銕之丞
  ツレ 観世敦夫 岡田麗史
  ワキ 森常好
  ワキツレ 舘田善博 森常太郞
  アイ 山下浩一郎
   大鼓 佃良勝、小鼓 森貴史
   太鼓 小寺佐七、笛 藤田朝太郎

翁については、これまでもこのブログで何度かふれてきました。翁付の五番立てという演能形態についても書きましたが、現代では翁に始まり、脇能からの能五番、狂言四番を演ずる本格的な五番立てをみることは極めて希です。翁に始まって、能が二、三番、狂言が一二番というのが通例の形かと思います。
さらに翁付五番立てであれば、翁と脇能、脇狂言が続けて演じられ、翁の太夫が脇能のシテを勤めるというのが本来の形かと思います。しかし現状では、一見翁付のようでも翁と次の能ではシテが別の役者だったり、さらには翁のみが独立して演じられて、囃子方まで退場の後に別途に次の曲が演じられたりなど、本来の形での翁付で演じられることが少なくなっています。

私は、時代の変遷の中で上演形態が変わっていくこと自体については、必ずしも批判的ではありません。従来の形が「正しい」のであって、変化は「崩れていくこと」と信じている訳でもありません・・・が、この翁付については、翁と脇能が一体的に、同じ演者で演じられる形の方が好きです。

粟谷能の会のホームページに、粟谷明生さんが「宮島厳島神社御神能」での演能についてのレポートで「一人の太夫が翁と脇能の二番を勤めてこそ太夫を勤めたと実感できる」と書いておられます。まさに儀式でもある翁と、脇能を続けて演じてこそ、一つの会を主催する太夫なのでしょう。
そうした意味で今回の銕仙会は、銕之丞さんの翁、敦夫さんの千歳が、そのまま老松のシテと前ツレで登場する形で、私としては感慨深いものがありました。
翁の様子にも触れつつ、能の様子を書いてみようと思います。
明日につづきます
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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