能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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女流能・・・

式能の話をさておいて何を書き出すのか・・・というところですが、ふとこの間から気になっている話を書いておきたくなりました。

実は先般・・・1月19日に水戸の県民文化センターで「茨城能」と題して、観世流の女性能楽師宮内美樹さんの公演が開催されました。残念ながら私は公演の開催に気付かず拝見しておりませんが、大洗町出身の宮内さんの演能ということで、地元では注目を集めたようです。
宮内さんは、かの橋岡久馬先生のおそらく最晩年のお弟子さんのご様子。社会人になってから入門されてプロになられたとか。それだけでも「スゴい」と思ってしまいます。
今後とも、より一層のご活躍をお祈りするところです。
さてこの日、宮内さんが披かれたのは石橋。半能ではなく前・後場のある、金春流で言う「丸能」ということで、拝見したかったですねぇ。

この演能について、とあるHPで『「石橋」を女性能楽師が一人で舞う。 日本、いや世界で一番最初の出来事ではなかろうか』・・・と、まあこれは書かれたご本人もいくらなんでもジョークのおつもりだろうとは思いますが、それならば女性が石橋を披いた初めはいつなのだろう、とふと気になりました。

「女性能楽師」プロの女性という意味では、観世流の故津村紀三子師が昭和十四年に師範の免状を受けられたのが、女性能楽師の初めてということのようです。津村紀三子師は数々の困難を乗り越えてプロの能楽師として一座を率い、その生涯は金森敦子さんが「女流誕生 能楽師津村紀三子の生涯」という本にまとめておられます。凄絶といっていいほどの生き様ですが、この津村師が昭和十八年に石橋を披いておられて、おそらくこれが女性能楽師としては初なのだろうと思います。

ただ、かの白州正子さんが大正十三年に女性として初めて能楽堂の舞台に上がっていて、さて白州さんが石橋を舞ったことがあるのかどうか、このあたりがよく分かりませんでした。

ところで津村紀三子師が戦前の厳しい状況のなかで、なんとか女性としても能を演じようと苦節の中にあった時に、陰ながら支援の手を差し伸べたのが当時の橋岡久太郎(おそらく六世の久太郎、雅雪)です。宮内さんの師匠にあたる八世久馬は、この六世久太郎の芸事養子である七世久太郎の長男。なんだか不思議な縁を感じてしまいます・・・
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