能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

吉野天人のつづき

同じ観世流の吉野天人、小書も同じでして、弘田さんのときの記録と見比べてみましたが、展開も型も、動きのきっかけなどもほとんど違いはありませんでした。
とは言えシテの個性というのは出るもので、山階彌右衛門さんの声や所作から出る雰囲気は、華やいだ印象を感じたところです。

さて、シテとワキの問答から地謡、シテは舞台を概ね一廻りして桜の花を愛でる風情を出します。ワキがシテの素性に不審を言い、シテが自ら天人であることを明かして中入に。この日の笛は一噌仙幸さんで、次第といい、この送リ笛といい実に味わい深い音色でした。

シテが中入りするとアイが登場してきますが、このアイ語り、弘田さんのときは善竹富太郎さんがアイで、鑑賞記には興味深いものだったという話を書きました。今回は山本則重さんのアイでしたが、内容はほぼ同じ。前回聞き取れなかった部分も気を付けて聞いてみました。

段熨斗目に長上下で出たアイは、和州吉野山の麓に住まいする者と名乗り、この山の子細を語り出します。
人皇七代孝霊天皇の御宇、日本に黄金の山を築きたく思し召したところ、天竺五台山、未申の方より我が朝に飛び来るものがあったという話。二つに割れて一つが常陸の筑波山、今一つがこの地に留まって吉野山になったという話の展開は以前書いた通りです。

次に四十三代元明天皇の御宇、和銅年間に、役の行者の祈りで弁財天、地蔵菩薩、蔵王権現が吉野に現れ、このうち蔵王権現がこの地の守護神となって今に至っていること。

これに続いて蔵王権現に子守、勝手の両神があり、勝手明神は弓矢を守りそれ故に勝手と呼ばれること。子守の明神は御子三十五ヤシャを持ち(と聞いたのですが、子守明神は18男18女を育てたという話があるようでして36の聞き違いだったかも・・・)一切の衆生を御子のように守らせるので子守明神という、といった話が出てきます。

さらに五節の舞についての話が続いて、むかし浄見原の天皇が大友皇子に襲われて、吉野山中に隠れた際に、月の明々たる折節に嘆ぜられていたところ、上界の天人が天下り、一度、二度ならず、五度までも袖を翻して舞ったことから、これを五節の舞と称して、後々内裏の節会にも舞われるようになったという話です。最後に吉野の桜が花も盛りとなったので見物に来たれ、と触れて退場します。
このつづきはもう一日
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