能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

箕被さらにつづき

アドが戻ってきたのに驚く夫に、返歌をしないと後の世に口のない虫に産まれると言うから返歌を詠みに帰ってきたと言って、アドは
「今宵ぞ出ずる 身(箕)こそつらけれ」と詠みます。

このアドの歌に、シテは「面白い」と感激します。たしかに連歌としてなかなかに面白い出来です。シテはこの歌が面白いと褒め、長年連れ添った妻が、こうも見事な連歌が詠めることに気付いて喜びます。
そして、これまではあちらの会、こちらの会と遊び歩いてきたが、もう出かけることはせず、二人連歌を楽しみつつ暮らそうと、妻を呼び戻します。

さて呼ばれて戻った妻と、夫はあらためて盃を交わすことにします。
それぞれに酒を酌み交わし、一つ謡おうと謡い出します。
「三年の過ぎしは夢なれや。現にあふの松原かや。木陰にまといて難波の昔語らん」
これは、能「芦刈」の一節、小謡としても謡われる部分です。芦刈は観世芳伸さんの演能の鑑賞記を書いておりますので、併せてご一読下さい。(鑑賞記初日月リンク

さらに箕を手にとって謡い舞い
「濱の真砂はよみつくしつくすとも。此の道は尽きせめや。唯もてあそべ名にし負う。難波の恨み打ち忘れて。ありし契りに帰り逢う。縁こそ嬉しかりけれ」
と、これまた芦刈の一節です。
芦刈が、貧窮の末に妻と別れた夫が妻と再会する曲であることから、パロディーとしてこの曲に取り入れられたのでしょうね。なお、上に記した詞章は謡曲「芦刈」のものですが、この箕被では「難波の恨み打ち忘れて」を「打ち被けて」と謡い、ここで夫が手に持った箕を妻に渡し、扇に持ち替えて舞上げる形でした。

そんなバカなと思う反面、夫婦の縁なんてこんなものかもなあ・・・と妙にしみじみと思った次第です。
(19分:当日の上演時間を記しておきます)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/1855-9311a877

 | HOME | 

カレンダー

« | 2017-10 | »
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。