能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

檀風なおつづき

ワキ阿闍梨による供養が済むと、本間が地謡前に立って、部下達に疲れただろうから私宅に帰って休むようにと触れ、自分も臥所に入って休むと言います。
ここで子方がワキ正、ワキが常座に出、ワキは本間に対して「梅若殿これまで遙々御下向候に 一日もそひ申されずして 斯様に敢えなき有様を見せ申され候事 余りに情けなき御事にて候」と言います。しかし「去りながら 資朝の卿の仰せられ候ごとく」梅若を船に乗せ都へ送ってほしいと頼みます。本間は船に乗せ都へ送ると約束し、自分の家に来て休むようにと言って、自分も臥所に入ります。

昨日書いたように、上掛の本では先に船に乗せる約束をするやり取りがあって、遺骸の供養、そして部下に対する触れになり、自分も臥所に入るという展開です。上掛と下掛のそれぞれの展開を比べてみると、阿闍梨・梅若と、本間との間の描き方が随分と違っているのがお分かりいただけると思います。

本間が下がり、ワキがワキ正に、子方が大鼓の前あたりに立つと、ワキ阿闍梨は子方梅若に対し、遙々ここまで下向してこられたのに一日も添うことができず、敢えなき有様をご覧になり口惜しい事でしょうと声をかけます。しかし御最期を御覧になったことも本望であると思い、(本間も)明日は船に乗せて都へ送ろうと言っているので、館にお供しましょうと言います。
すると梅若が言いたいことがあると言いだし、何かと問う阿闍梨に梅若は、本間を討とうと思うと告げます。
この流れは自然に感じら、特段の違和感がありません。思いあまった子が本間を討ちたいと思う気持ちも分かるような気がします。

上掛の本では、本間が下がるとワキ阿闍梨が子方梅若に、本間の館に着いた旨を言い、明ければ船を仕立てて送ってくれると言っていたので安心するようにと言います。すると梅若が言うことがあると声を上げ、本間を討って欲しいと阿闍梨に頼みます。
随分印象が違います。しかも、自ら討つのではなく、阿闍梨に「討って賜はり候へ」と言う形になっています。

繰り返しになりますが、この曲を観る前にネットで見かけた「あまり後味の良くない」という評、こうして比べてくると、上掛の本での展開では、そうした印象を持つのも「さもありなん」という感じがします。一方、今回の上演を観ていて、そうした印象を持たなかったのも十分ご理解いただけると思うのです。
このつづきなお明日に
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