能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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檀風まだまだのつづき

いつもより長々と書いてきましたが、ワキ方中心の能の常として、まず詞章自体が長大です。さらに登場人物も多く、場面展開も複雑。そのうえ今回は、上掛と下掛の本の違いで受ける印象も異なることから、場面を追いかけているうちに観能記も随分と長くなってしまいました。

観能記もさらに、さらにさらに、また、またまた・・・と続けてきましたが、この「さらに」とか「また」とかは、これまでも観能記の題として何度か用いてきました。お気づきの方もいらっしゃったかも知れませんが、これは2001年に亡くなられた作曲家でエッセイスト団伊玖磨さんのエッセイ「パイプのけむり」からの連想です。私、このシリーズが好きで、続、続々、また、またまたと続くパイプのけむりを愛読しておりました。

さて話はもう一度「檀風」に戻りまして、この曲がどういう子細で作られたのか、ワキ方の演者が多数出演する形なのは何故か、調べてみたのですが結局わかりませんでした。また上掛と下掛の本の相違も、どうしてこうも違いが生じたのか、どちらがもとの形に近いのかなども、気になるところです。

ともかく、ワキ方が演ずる帥の阿闍梨、本間、船頭、それぞれに重要な役回りで演技力も求められるところです。さらに子方梅若が極めて重要な役割を果たします。
今回の子方、宝生尚哉さんは欣哉さんのご次男ですが、気持ちの良い舞台でした。健気にも・・・という印象です。ご長男朝哉さんは、七年ほど前に岩船のワキで拝見しましたが、現在は中学三年になる様子。尚哉さんは小学校二、三年らしく、将来を期待したいですね。なお下掛宝生の檀風では、これまでも子方はワキ方から出ている様子ですが、福王流では、復曲した際には福王和幸さんが子方を勤めていますが、その後の上演ではシテ方から出ていることが多いようで、国立能楽堂での上演では関根祥丸さんが梅若を演じています。

ところでこの曲名、現在の金剛流の本では壇風と書かれていますが、いずれにしても「いったいどういう意味なんだい」と思わないでもありません。
「檀」は、紫檀、黒檀、白檀、栴檀などにも使われるように、木の種類を示す字で、一字での「檀」は「まゆみ」をさすのが普通です。香木の名にも用いられる字なので、檀風・・・香のようにかぐわしい風・・・の意味にも取れそうです。
また「壇」は仏壇などにも使われるように、一段高いところの意味ですが、壇風・・・なにやら仏様から吹く風とでも感じられるところです。

実はこの曲名、檀風ではなく擅風(せんぷう)というのがもともとの名だったという説があります。独壇場も、もともと独擅場だったのが、誤って広まったといわれていますが、「擅」は「思うままにする」という意味で、独擅場も自分の思うままにという意味なら理解できるところです。

この曲の後場、ワキ帥の阿闍梨と船頭のやり取りで「東風」「西の風」が重要な意味を持ち、さらに阿闍梨の祈りによって熊野権現が現れ、風の力で遠ざかる舟を引き戻し、無事に佐渡から逃げ延びることが出来たわけで、こうした意味を表すとすれば「擅風」という曲名は納得のいくところに思えます。
(98分:当日の上演時間を記しておきます)
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