能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

木賊のつづき

次第の地取りの後、ワキの名乗り。ワキは都の者と名乗り、連れている幼い人は信濃の国の人で、自分を頼ってこられたので師弟の契約をしたものだが、本国に父を持っており今一度対面したいというので、供をして信濃国へ急ぐところだと言います。
つづいて道行。
木曽路を経て園原山に着いたと謡ってワキの着きゼリフになります。

園原山という山があるのかと思っていたのですが、調べてみると長野県下伊那郡阿智村の園原地区のことらしく、山の名という訳ではなさそうです。そのあたりのことは、また後に触れるとして、ワキは「あれを見れば草刈り あまた来たり候。これに相待ち、名所などをも尋ねばやと思い候」と言って、ワキツレともどもワキ座に下がり着座します。

一声の囃子でシテ、ツレの出。小格子厚板に水衣肩上げのシテ老翁が先に立ち、ツレの男三人は素袍上下肩脱ぎの形で続きます。シテ、ツレともに木賊の挟み草を肩に担っています。舞台中央まで進むと向かい合い一セイ「木賊刈る 山の名までも園原や 伏屋の里も 秋ぞ来る」と謡い出します。

ツレの二の句、シテのサシから下歌、上歌と謡い継ぎ、古来名所といわれるように、山野の眺めも美しい、信濃路、園原辺りの様子を謡います。
上歌の終わりに、シテは常座へと移り、ツレ三人はワキツレのそばから小鼓の前にかけて並びます。

地謡「いざいざ木賊刈ろうよ」でシテ、ツレが向き合いロンギに。地謡との掛け合いで「木賊刈る 園原山の木の間より 磨かれ出づる 秋の夜の月」が謡われます。これは平安後期の武将でもあり、歌人でもあった源仲正(仲政とも)の歌で、この歌の故に園原は月の名所として古くから知られていたようです。今も園原の月見堂(広拯院)には、この歌の歌碑が残されているとか。
園原はまた木賊の名産地だったらしく、昔は紙ヤスリのように広く用いられた木賊だけに、この点でも有名な場所だったようです。「木賊刈る」と言えば「園原」ということらしいのですが、また俳句では「木賊刈る」は秋の季語となっています。

シテは正面を向いて「木賊刈る 木賊刈る 木曽の麻衣袖濡れて」と謡い「磨かぬ露の玉ぞ散る」と謡いつつ、やや右を向くと下を見つつ二足ほど出ます。
続く地謡では「思えば木賊のみか」と手に持つ木賊の挟み草を見、直して挟み草を右手に取ると、鎌を出して下居、「身の為にも木賊刈りて」と草刈る型を見せて立ち上がり、後見に鎌を渡すと「木賊刈りて取ろうよ」と挟み草を持ち直して正面を向きます。
このつづきはまた明日に
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