能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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知章さらにつづき

間語りでは、卒塔婆の主は平家の一門、武蔵の守知章であるとあらためて述べられ、元暦元年如月七日の曙、平家が源氏方に負けて散り散りになって逃げたことが語られます。もっとも平家方は元暦の元号を使わず、滅亡するまで寿永の元号を使い続けたので、平家方から見れば寿永三年の如月七日となりますが・・・

さらにアイは、知盛が知章と監物太郎の三騎となって逃げて行ったものの、汀に児玉党が追いかけてきて争いとなったこと。知章が敵の大将と思しき武将と組み合いになって両馬が間に落ち、その間に知盛が井上黒によって船にたどり着いたことなどを語ります。

知盛の乗っていた井上黒は名馬の誉れ高い馬ですが、二十余町というから2㎞あまりでしょうか、海を泳ぎ切って御座船までたどり着いた訳です。しかし船は狭く、井上黒を載せる場所もないため、やむなく馬を追い返した子細も語られます。

大二郎さんが間語りを終えて狂言座に戻ると、ワキが知章の跡を弔おうとする旨を述べて待謡。一声の囃子に乗って、後シテ知章の幽霊が登場してきます。

浅葱の色大口に緑地の長絹を肩脱ぎにし、公達の姿での登場です。観世流の装束付けをみると法被、または長絹にも・・・とあり、単法被で出るのを基本としているように見えますが、ここは知章が怪力の持ち主だったというあたりを気にするかどうかで装束も替わってこようかと思うところです。

常座でサシ謡の後、目付に出て一セイ。「後の山風」と幕を見込み、七つ拍子を踏んで目付から常座に戻り、小回りしてワキに向き合います。
ワキが「いかなる人にましますぞ」と問いかけ、シテが知章であると名乗ります。

さてこのつづきはもう一日明日に。
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