能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

海士さらにつづき

子方の声を受けて、シテはゆっくりと正中まで出ると下居、鎌も置いてしみじみと房前大臣の母の話を語る風です。
気を変えるようにワキの詞になり、珠を潜きあげたところを擬うで見せて欲しいとの求め。シテがこれにこたえて玉之段に入っていきます。

「さらばそと擬うで御目にかけ候べし」と、シテは再び鎌を取って右手に持ち、鎌を剣に見立てる形で玉之段を舞います。
以前にも書きましたが、この玉之段は完成度の高い部分で、もともと前場だけで一曲として演じられていたらしい・・・というのも納得いく感じがします。
ともかくも玉之段を舞い終えると、シテは胸中から中啓を出して子方に寄り、その筆跡を見るようにと言い置く形で橋掛りへと進みます。一ノ松で振り返り、三足ほど戻ってさらに想いを示す様子を見せた後、「波の底にしずみけり」と一度、腰を下ろし、あらためて立ち上がると中入となりました。

シテが幕に入るとワキが立ち上がって大小前に出、当浦の人のわたり候かと声をかけ、アイが狂言座から立ち上がってこれに返事。アイを招ずる態で、ワキが笛座前、アイが大小前にて向き合った形となり、アイの居語りになります。

以下、前場の謡にあった玉取伝説を繰り返す形ですが、間語りのおおよそを書き記します。
奈良の都、大織冠の御娘、淡海公の妹である光伯女は、唐の高宗皇帝に見初められて唐土の后となっておられたが、興福寺に納め給おうと、唐土に隠れもない三種の宝、華原馨・泗濱石・面向不背の珠を送らせた。この三つの宝物が我が朝に渡される子細を龍神が聞き、宝を竜宮のものにしたいと思い、明珠をこの浦で手に入れてしまった。このため華原馨と泗濱石のみが京着した。
淡海公はこれを惜しみ、身をやつしてこの浦に来たり、賤しき女と契りを結び竜宮から珠を取り戻させたのであった。海士は珠を取り戻すに際して、自らの産んだ子を世継ぎとしてもらうよう約束をし、その子が今の房前の大臣である、という次第です。

ワキは、ここにその房前の大臣がお出でになり、亡母の弔いのために管弦講を催すこととされたので役者を集めるようにとアイに求め、アイがその旨を触れて狂言座に下がります。
さてこのつづきはまた明日に
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