能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

逆矛もう一日のつづき

舞働の後、シテは常座にて矛を立てて立ち「さて国々は新島なれば」と謡い、地謡が続くと矛を抱えて目付へと進みます。
角トリして舞台を廻り「矛の手風 疾風となって」と矛で薙ぎ払う形。「引き捨て置けば」と正中に片膝を突きますが直ぐに立ち上がり、さらに地謡に合わせ矛を使いつつ舞台を廻ります。

「御矛を守の倶利伽羅明王 この宝山に納め奉り」と矛を後見に渡して扇に持ち替え、嵐山のキリ同様に両袖を巻き上げて留となりました。
私としてはなかなかに面白い曲と思ったのですが、右近でも書きましたように、脇能の需要が少ない現代、あまり上演されないというのも仕方のないところかと思います。

ところで曲名の「逆矛」ですが「逆鉾」ではないのかと思われる方もお出でかと思います。確かに例の三百五十番では「逆鉾」としていますし、能「逆鉾」と記した本も少なからずあるようです。
ただし現行の観世流大成版では「逆矛」の表記としており、当然ながら九皐会のパンフレットも逆矛です。

ホコと読む字はたくさんあって「矛」や「鉾」以外にも「戈」や「戟」などもホコと読まれます。いずれも武器の名で、日本ではみんな「ホコ」ですが、中国では区別があったようです。矛は古くは木製だったが、鉾の字は金属製のものを指すという話もありますが、さてどうなののか。

実はここからは私の勝手な解釈です。伊弉諾・伊弉冉両神が天の浮橋から混沌を掻き回したホコは天沼矛(あめのぬぼこ)と呼ばれ、この表記はどこを探しても「矛」であって「鉾」は見かけません。しかしその別名とされる「天逆鉾」となると、高千穂峰に突き立てられたとされ「鉾」の表記が出てきます。

どうも記紀神話に登場する天沼矛が、中世に至ると仏教系の様々な影響を受けて「独鈷杵」であると見なされたりするようになり、そうした中で「天逆鉾」に変容していったのではないか・・・と考えています。

そういう意味ではもともと「矛」なのだけれども「さかほこ」になると「逆鉾」と書くのが正しいのか、とも思います。大相撲の関取にも何人かの「逆鉾」がいて、皆さん天逆鉾にちなんで鹿児島県出身の方のようですが、記憶に新しいところでは、寺尾関と兄弟で関取となり人気のあった現井筒親方が思い出されますね。
(81分:当日の上演時間を記しておきます)
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