能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

梅枝もう一日のつづき

ロンギ「げに面白や同じくは」で後ろを向いて常座に向かったシテは、正面に向き直り、「いざいざさらば妄執の」と謡い出し、三足程出て「夜半楽をかなでん」とワキに向き合います。

地謡で正中に出ると、扇を差し出しシカケ開キ。「波もて結へる淡路潟」と謡って正にサシ、下を見回しつつ出ると右に回って常座で正にサシて、地謡の「軒端の梅に鶯の」で角へ。「来鳴くや花の越天楽」と目付柱を見上げて扇を下ろし、左へ回ると「梅が枝」と目付柱を向き、ワキ座前にて扇を閉じて胸元に入れると向き直って鞨鼓台に寄り、撥を取って太鼓を打つ形から「楽」となりました。

富士太鼓と同様ここは楽を舞う訳ですが、感情的な起伏を感じさせずゆったりと舞われた印象です。途中、段の所で撥を落とすと、胸元の中啓を出して広げて上扇。その後は位が早くなり、優美さを感じる舞。

楽を舞上げると「面白や鶯の」と謡って足拍子、地謡に合わせて舞い続け、「うつつなの我が有様やな」と小廻りして太鼓に寄ると、タラタラと下がってシオリ。
「思へば古を」と謡ってワキ前に出、「申せば月も入り」と雲ノ扇。サシて右に回り、常座で扇をかざすと開キ。「面影ばかりや残るらん」とくるくると回って開キ、留拍子を踏んで終曲となりました。
なかなかに味わい深い一曲です。

ところで富士太鼓とも共通ですが、楽人の名前が富士と浅間であるのは、この二山が並び称せられたからなのでしょうか。確かに都から東に下ると、途中に浅間の煙が見え、富士を仰いで東国に到るのでしょう。
富士山もたまたま現在は噴火していませんが、江戸時代まで噴火の記録はあるわけですし、現代人とはまた違った感覚で、富士や浅間という名を口にしていたのかもしれません。

なお観世では前場に萩藁屋を出すのが普通の形ですが、喜多流では藁屋を出さないのが普通のようで、今回も藁屋は出ませんでした。粟谷能夫さんが、喜多流としては初めて藁屋を出す演出をなさったという話を聞きましたが・・・
(102分:当日の上演時間を記しておきます)
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