能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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碇潜を巡って

ともかくも、今回の舞台の様子を書き綴ってみました。
鑑賞記としては昨日までの通りですが、今回、禅鳳本による演出ということで様々な変化がありました。以前鑑賞記を書いた船出之習ともまた異なっています。こうした違いについて、いささか調べもし、考えてもみましたので、本日から少しばかり書いてみようかと思います。
と言っても、私自身は別に研究者という訳でもなく、地方の勤め人ですので調べられる資料にも大きく制限があります。あくまでも手に入る限りの資料や、聞いた話などのなかで、あれこれと考えてみたという次第です。度々書いています通り、自分自身の覚書的な意味合いの強いブログですので、そのあたりは斟酌のうえお読み頂ければと思います。

さて碇潜という曲が、現在では観世流と金剛流のみで演じられることは度々書いる通りです。金剛流の方は実際に観たことはないのですが、以前にも書いたように、謡本などで辿る限り観世流の船出之習と同様、後場に二位尼と大納言局が登場する形です。
今回の演出は、この曲のオリジナル金春禅鳳の本に基づいています。この古い形では前ツレ男二人、後ツレ二位尼、大納言局、そして子方安徳帝が登場する訳ですから、観世流の小書無しの形よりも金剛流や船出之習の形の方が古い演出ということになりましょう。
なお禅鳳の本は、法政大学能楽研究所のデジタルライブラリーで自筆本ではありませんが転写本を見ることができます。

さて禅鳳本の形を再現するにあたっての経緯が「銕仙630」号に掲載された碇潜の解説に触れられています。銕仙会では平成10年、大槻文藏さんのシテで船出之習の小書付の演能があり、この際に碇を出したのが出発となったとあります。観世流では小書のありなしに関わらず、碇の作り物は出さないのが基本ですが、これを出してみたという次第です。
翌年、大槻能楽堂で浅見真州さんのシテにより「古演出による」という小書で上演され、この時は前場で舟三艘を出す演出が試みられたとあります。

こうした試みを重ねながら今回の演出に到ったということで、今後もさらに見直しが続いていくのかも知れません。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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