能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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能の改作・・・藤戸・朝長をめぐって

舞台の様子を先に書きましたが、この藤戸は2月の国立能楽堂企画公演、能を再発見するシリーズのⅣ。
このシリーズ、大阪大学名誉教授の天野文雄さんなどが中心となって、現在演じられている能を見直し、古い形を探ったりする中で再発見していこうというものです。
これまでに高砂、卒都婆小町、雲林院が取り上げられ、今回はその四回目ということでした。

藤戸は、前シテが我が子である漁師を佐々木盛綱に殺された母親で、後シテはその亡くなった漁師の亡霊という設定です。当然ながら、現在の演出では母親として登場した演者が中入りし、漁師の亡霊の姿で登場してきます。
しかし、もともとは母親が中入りせず、盛綱ともども漁師の弔いの場に連なっていたのではないかという仮説をもとに、藤戸を再構成した試みです。

ところで、この藤戸の再考以前に、天野さんは朝長の前シテ青墓の宿の長が中入りせず、後場に別の役者が朝長の霊として登場したとの説を示していました。
前後のシテの人格が異なり、しかも前シテこそ、後シテの弔いの場に最も居るべき人物であるというのが、その最大の理由です。しかも朝長は、現在の詞章をみても、中入りするのが不自然と見える形になっています。いくつかの徴証を積み上げて、朝長は中入のない形が原形だったと結論づけ、さらに藤戸や天鼓も同様だったのではと推論した論文をまとめておられます。

その後調査を進める中で、天鼓に関しては特段の資料が見つからなかったものの、藤戸については、いくつかの証拠となりそうなものに気付き、今回の藤戸につながってきたという話です。

ここで取り上げられた朝長と藤戸を、続けて観たというのも何かの縁かと思います。
また、朝長も藤戸も作者は不詳となっていますが、いずれも十郎元雅の作ではないかとの説があるようです。もしも同一の作者だとすると、これまた興味深いところです。
この項、もう少し、明日に続けてみようと思います。
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