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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

亡き猟師の苦しみ・・・善知鳥さらにつづき

ワキは正先で笠を手向け「南無幽霊出離生死頓證菩提」と謡い、静かに下がります。
さていよいよ後シテの出となりますが、腰に羽簑をつけ黒頭の幽霊姿です。


現れた猟師の幽霊は僧の供養に感謝しますが、さてツレがその姿を見て子方とともに立ち上がり子方を前に出します。この子方に向かってシテは「あらなつかしやと言わんとすれば」と駆け寄りますが、子方は下がって座ってしまいます。
この気を入れた謡、駆け寄る姿は後シテの見せ所の一つでしょう。武田さんのシテは、今回初めて拝見したのですが、なんとも哀れで悲しい猟師の霊がその場に現れた感じでした。


この曲の子方は謡がありません。駆け寄るシテから下がって座ってしまうという、この演技のために出されているのではないかと思いますが、ある意味、たいへん効果的な子方の使い方かもしれません。
阿漕や鵜飼など、殺生の罪とそこから生ずる苦患を描いた能は他にもありますが、子方を出して親子の情を絡めた分だけ、この曲の深みが増している感じがします。


クリ、サシ、クセと殺生を生業とせざるを得ない身を謡い、立働きが続きます。
そしてシテの「うとう」という一句の謡からカケリになります。
この「うとう」の一句は、善知鳥の親鳥が子を呼ぶ声を象徴します。
シテの武田さんは、それまで音程を抑えて絞るような力ある謡でしたが、この一句だけは高く、長く、悲しく謡いました。子を持つ親である我が身と、親鳥を重ね合わせた一声。なんとも悲しく、カケリにつながっていきます。


カケリの後も深い悲しみが感じられ「済(タス)けて賜(タ)べや御僧と言うかと思えば失せにけり」まで一気に進みますが、観ている方も息をするのも忘れて見入ってしまったような感じでした。


さて猟を生業とすることをこんな風に描くべきなのかどうか、中世の宗教観は理解を超える部分がありますが、いずれにしても、先日観た千手のツレで気になっていた武田さん。こんな早い機会に、しかもこんなに味わい深い能を拝見することができて、私としては正解の観能でした。

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