能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

皇帝のつづき

地謡の上歌の内に橋掛りを進んだシテは、一ノ松からワキに「いかに奏聞すべき事の候」と声をかけます。

正面を向いていたワキは、右から振り返ってシテを見、声をかけます。観世流の本では階の下に人が来たことを述べ「さも不思議なる老人なり」と評し「そも汝はいかなる人ぞ」と問いかけるようになっています。

シテの装束からみても「老人」はないだろう…と思っていたのですが、ワキの高安勝久さんの謡は「さも不思議なる人体なり」。
「はて・・・?」と思い、後日、金剛流の本を見てみるとこちらも「人体なり」の表記になっています。高安流の詞章は元々座付きであった金剛流とほぼ同一と聞いていますので、この表現は本来の形なのでしょう。シテの装束には適した詞章でしたが、それにつけてもこの日の装束の由来はどうだったのか興味のあるところです。

さてワキの問いにシテが答え、ワキは振り返った形のまま問答がつづきます。
シテは鍾馗の霊と名乗ります。多くの夢幻能では不思議な人物とワキとの問答がつづき、最後にシテは自分が霊であることを仄めかして姿を消しますが、この曲は場面展開が小気味よく、最初に自らの正体を明かす形になっています。
ところでシテは「これは伯父の御時に 鍾馗と云ひし者」と名乗りますが、伝説では鍾馗は唐の高祖の時に宮中で自殺したとされていて、玄宗はその高祖の玄孫(やしゃご)ですから、謡曲にはままあることですが何か混同があるのでしょう。

さてワキとの問答ですが、シテはかつて贈官のみならず遺骸に緑袍まで掛けて頂いた恩に報いるため、貴妃の病を治して差し上げようと言います。そして明王鏡を枕元に立て置いたならば必ず姿を現そうと言います。

これを受けて地謡。通力によって貴妃の姿を誘う風を静めようと言うと御階の下に姿を消したと謡い、シテはワキに向かってサシ込み開キ、面を切って橋掛りに進み三ノ松で一度立ち止まって一回りし、あらためて中入となりました。

この地謡のうちに引廻しの中に鬘桶が入れられます。
シテが幕に入ると引廻しが下ろされて、楊貴妃が姿を現します。台上に座し左肩に緋の小袖を掛けています。この支えに最前入れられた鬘桶が用いられていますが、この小袖は病床にある象徴で、土蜘蛛の頼光も同様の形ですね。
さてこのつづきはまた明日に
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