能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

水掛聟のつづき

和泉流では、後から出たアド舅が、水が隣の田に引かれているのを見て「隣の聟の田には水がまんまんとある」と言い、隣は聟の田であることを示します。しかし、よもや聟がこのようなことはするまい。きっと誰かの仕業だろうと言いつつ畦を切り直します。

一方、今回の大藏流では、隣の田に水が引かれていることに「苦々しいもの」と言い「さだめて盗ったものであろう」と言った聟は、さらに「隣の田と申し、余所の田ではござらん。某がために舅の田でござる」と言って、舅が水を盗っていったと、最初から非難する口調になっています。

いつぞやも書いたように思いますが、大藏家の狂言はどちらかというと写実的な部分が多く、細かな説明も入るように感じています。
聟の台詞も、感情表現が細かいように思いました。

繰り返しになりますが、和泉流ではまずシテ聟が出て、畦を切り直して山の田を見に行き、次にアド舅が出て畦を切り直して水を引き、そのまま舞台に佇んでいると、シテ聟が再びやって来る形です。
この後、聟は舅に気付き、暫く合わなかった挨拶をし、また日照り続きなので村で雨乞いをするにつけ、寄合がどうなったという話になります。この話をしているうちに、聟が話をしながら畦を直して自分の田に水を引こうとし、ここから言い合いになります。

一方、今回の大藏流は最初にアド舅が出、畦を切り直して明日また来ると退場します。次にシテ聟がやって来て畦を切り直し、山を見舞おうと退場します。交代にアド舅が出てきて再び畦を切り直して、番をしようと舞台にいるところにシテ聟が出てきます。

出てきた聟は早速、田に水が無いことに気付き再び畦を切り直します。そこに舅が寄ってきて問答になる形です。微妙な違いですが、この形の方が、最初からけんか腰になりそうな雰囲気です。

この後の水の掛け合いでも、掛ける所作自体も写実的な感じですし、最初は水ですが、聟が砂を掛け、仕返しに舅が泥をかけると、いささか複雑な展開になっています。

最後は取っ組み合いになり、娘が出てきて聟の肩を持ち、二人して行ってしまうというのは同じ展開ですが、立ち去る二人を舅がやるまいぞと追う形で、和泉流にある「来年の祭りには呼ばぬぞよ」の台詞はありませんでした。

いずれにしても面白い、楽しい狂言ですが、水争いが深刻だった時代を感じさせる一曲です。
(26分:当日の上演時間を記しておきます)
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