能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

三井寺 狩野了一(條風会)

喜多流 喜多六平太記念能楽堂 2014.09.13
 シテ 狩野了一
  子方 粟谷僚太
  ワキ 宝生欣哉、アイ 山本凜太郎 山本則孝
   大鼓 亀井広忠、小鼓 鵜澤洋太郎
   笛 松田弘之

このブログでは、これまで三井寺の鑑賞記を二度ほど書いています。一度目は6年ほど前、金春流の金春安明さんの演能。二度目は3年ほど前に観世流中所宜夫さんの演能です。
今回は喜多流ですが、この曲は流儀による演出の違いが少なく、これまで鑑賞記に記したものとほとんど違いはありません。しかも、ワキ方がいずれも下掛宝生流なのは東京ですので当然かも知れませんが、どういう偶然か、間狂言が三度とも大藏流山本家です。
そんなわけで、これまでの記録と所作など演出上の違いはほとんどありませんが、念のための記録と言うことで、当日の舞台の様子を書き記しておこうと思います。

さて、舞台に地謡、囃子方が揃うと、小さく「お幕」の声が聞こえて幕が上がり、シテが姿を現して橋掛りを進んできます。
無紅唐織着流し、おそらくは菊花紋だと思うのですが、渋い好みの装束に右手に数珠を持ち、ゆっくりと橋掛りを進みます。後からアイ清水寺門前の者の凜太郎さんが続き、シテは舞台に入って正先近くに出、下居して合掌。アイは狂言座に控えます。

シテは合掌のまま「南無や大慈大悲の観世音さしも草」と謡い出します。囃子が入り「さしもかしこき」と続けて「夜を重ねつる頼りの末」で合掌を解いて謡を続ける形です。
下歌「憐れみ給へ思ひ子の 行く末なにとなりぬらん」最後の句を繰り返してシオリ上歌に。上歌の終わり「再びなどか逢わざらん」を繰り返しますが、一度目のあたりで気付かぬほど少しずつ面を伏せたように感じました。
続く詞「あら不思議や 少し睡眠(すいめん)の内に」で面を少し戻したように感じたのですが、本当のところはどうだったのか。
なんとなく霊夢を被る、つまり少し眠った態で面を伏せ、面を戻して夢から覚めた態としたように感じられたところです。

「あら有難や候」と少し伸び上がるように合掌し「やがて下向申さばやと思ひ候」と納めると、アイが立ち上がってきます。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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