能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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栗焼のつづき

栗をどこで焼こうかと太郎冠者が迷うのですが、ここもなんと言っていたのか今ひとつ良く聞き取れませんでした。たしか和泉流では「お次」と「お台所」で迷うのだと思うのですが、当日は「おす」あるいは「おすえ」と聞こえまして、州なのか末なのか本当は何だったのでしょう。
ともかくそこへ持っていくと、子供達が栗をくれと言いだして大変なことになろうから、お台所で焼こうと、台所にやって来ます。

台所に来てみると「上々の火」が起きていると常座辺りで見て、大小前に座してガラガラと栗をおろし「煽いでみよう」と火を煽ぎます。と、灰が舞い上がった様子で、納めるのに一苦労してようやく栗を焼き始めます。
一つくべてみようと焼くと栗が飛んでしまいます。数の定まったものを飛ばしてしまって、どうしたものかと思案しますが、そう言えば栗を焼くときは芽を欠いて焼けというのを忘れていたと思いだし、芽を欠いて焼こうと言いつつ、栗の芽を欠く所作をします。要は先端を切るわけですが、次々と先を切り落とした栗を火にくべます。

焼ける栗を見ながら、「そなたは身繕いをしをるか」芽を欠いたのでもはや飛べまいなどと話しかけたり、「平家節で『しゅー』」また「小歌節で『しゅー』」などと、栗が焼ける様子を言ったりなど楽しく焼いていますが、火力があるので栗が焦げそうになり慌てて全ての栗を掻き出します。

皮を剥こうと、まずは一個剥いてみますが「これは小さなきつね色じゃ」、続いて「虫食いがある」などと言いますが、一つずつ剥いていたのでは埒が明かないので、残りの栗を両手で揉んで皮を外します。

さて焼き上げた栗を持って、早速主人のもとに戻ろうとして、大小前から常座・ワキ正と進み目付に出ますが、つっと立ち止まってしまいます。生まれてこの方、こんな見事な栗は食べたことがないなどと言い、食べたくて仕方ない様子です。とは言え、数の定まったものだし、既に一個飛ばしてしまったしなどと迷う様子。しかしそのうち、この栗を客人の持って出るのは自分だろうが、その時に、どんな風味なのかと問われて答えられなければ主人の外聞にもなろうなどと理屈を考え、とうとう食べることにしてしまいます。
さてこのつづきはまた明日に
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コメント

私は古い墓碑を見るのが好きです。そこに刻まれている文字に、感銘するものがたまにあるからです。例えば「正徳」の年号のお墓には「頓入謡悟禅定門」とあり、その100年ほどのちの同じ墓碑には「鶏真鼓秀庵妙栄善女」とありますが、私は単に「能謡曲の達者だった人」とのみ想像していますが、先生方の思惑をお聞かせください。

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