能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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実朝さらにつづき

ワキの詞が続きます。
今思い出した。鎌倉右大臣実朝公は宋に渡ろうとする思いが強く、建保四年の冬、造船を命じ・・・と言うとシテが続け、由比の浜に船を浮かべようと、陳和卿(ジンワケイ・・・当日はなんと謡ったか聞き取れなかったのですが、後に調べてみると実朝が渡宋を志したのも、そもそもこの宋人の僧陳和卿がきっかけだったようです)に任せて作らせ、押し引かせたが、少しも動かず船は朽ち果て、渡宋の志も空しくなってしまったと謡います。
棹を両手にとって「押し引くとも」と力を入れますが「巌の如く寸尺も動くことなし」から力弱く謡って「渡宋の志もついに空しくなる」で棹を落とします。

ワキは気付いた様子で「さては将軍の亡魂」がまだ迷うかと呼び掛け、なお御最期の様子を詳しく語るようにと求めます。
ここからいわゆるクリ・サシ・クセの形になっていて、ワキの謡をシテが受け、囃子でシテは大小前に進んで下居。地謡が謡ってシテの謡へ。
「右大臣家 拝賀のため」とシテが謡い、地謡が続けます。クセは居グセ。

これも当日書き留めておいた詞章の断片と、後日、実朝暗殺の伝承を照らし合わせて、おそらくこんな事が謡われていたのだろうと想像した次第です。
右大臣昇任を祝い、実朝が鶴岡八幡宮を拝賀するにあたって、大江広元が何かの予感があったのか、なぜか涙が流れてしまうのはただ事では無いから、束帯の下に腹巻を着けるようにと勧めたものの、太刀持ちの源仲章が「大臣大将に昇る人に未だその例は有らず」と止めたため、実朝は腹巻を着けなかった。また整髪を行う者に記念と称して実朝は髪を一本与えた。出かける前には、庭の梅を見て「出でいなば 主なき宿と 成ぬとも 軒端の梅よ 春をわするな」と一首を詠じた。
といった、暗殺前のことが地謡により謡われます。

ここでシテの上げ端。おそらく「かくて神拝夜深く」と謡ったのだと思いますが、ここからいよいよ暗殺の場面となります。篝火が焚かれ、地謡「輝く石段の」でシテは目付を向いて腰を浮かせ、「上にあたって」とゆっくり謡っていた地謡が、一気に調子を早め「きらめく一閃」からシテは立ち上がると、扇を取り上げ正先へ出、下がって大小前に安座。公暁によって実朝が討たれた次第が謡舞によって示されます。
シテは常座に扇を両手で持って立ち上がり、地謡がゆっくり締まって「波の音 すさまじく 失せにけり」と謡って中入。送り笛が吹かれます。

このつづきはまた明日に
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